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壮絶な戦いは終わり、一か月後……
極秘施設を隠す美樽山は、やけに肌寒い。冷え込むと思ったら、粉雪までちらついている。
山の一角に建てられた別荘に、カラミティハニーズの八人は集まっていた。空調も快適な屋内で行われるのは、組織が許可した焼肉パーティだ。
鉄板で具材を焼きながら、シヅルはホシカを気遣った。
「もう吹っ切れたんけ、ホシカ?」
「ああ、どうってことねえよ」
コップのオレンジジュースを見据え、ホシカはつぶやいた。
「あれからなんべんもフィアやミコの説明を受けて、ちゃんと理解したつもりだ。あのホーリーは、あたしの鳳麗とは違う赤の他人さ。しかもとんでもない悪党ときた。あたしみずからの手で裁けて、むしろせいせいしてるぜ」
また胸に子イノシシの縫いぐるみを抱いたまま、たずねたのはナコトだった。
「どうして組織は、最後の最後までそれを内緒にしてたの?」
深々とミコは謝罪した。
「本当に申し訳ありません。その事実をもし、最終決戦の前に聞かされていたら? おそらくチームの動きに、大きな迷いが生じていたでしょう」
パックに入った赤いなにかをストローで啜りつつ、疑問符を浮かべたのはエリーだ。
「あやつ最後に〝母さん〟と言い残しおったの。ではホーリーは、敵陣に母親がいることを知っておったんじゃな?」
うなずいたのはフィアだった。
「たぶん知っていたわ。知っていてまだ、ホーリーの復讐心はそれを上回った」
ためらいがちに、セラは聞いた。
「ホーリーは、両親まで恨んでいたのかい?」
「ホーリーの仇は過去の戦争であって、両親じゃないわ。たとえ自分を一人ぼっちにして先立たれてても、なお両親に会いたいとホーリーは言っていた」
そう弁明したのはルリエだった。
「だからホーリーの願望は、カラミティハニーズに遭遇した時点で幾分かは達成されていたのよ。それが幸福だったかどうかは、いまはもう確かめるすべはないけどね」
ホシカは笑い飛ばした。
「あの本気度、あいつもあたしのことを他人と割り切ってたんだろうよ。結果はこれでいい。あのままあいつの好き勝手にされてちゃ、あたしらは滅んでた。お腹のこの子もいっしょにさ」
「でしょうね」
焼けた肉や野菜を、食べられる者は黙々と口に運んだ。
数秒後、一同は驚いて席を立っている。
「ほんまか!?」
問いただしたのはシヅルだった。
「子どもって、もう!? 昔に学校の屋上で話したときみたいに、誤解を招く表現やのうて!?」
ホシカは首肯した。
「こんどはマジだ。何日か前、検査でわかった。名前は、鳳麗・伊捨・イングラム、でいいんだよな?」
目を剥いて、ナコトはささやいた。
「どうりで今日は、珍しく柑橘系のソフトドリンクしか飲んでないわけだ。ふだんならとっくに、ビールとか注文してるもんね」
フィアとともにホシカを注視し、ミコは結論を口にしている。
「たしかに、マタドールのエコーセンサーに反応があります。これはそうですよね、フィア?」
「ええ、間違いない。鳳麗だわ」
ホシカのへそあたりに、エリーは語りかけた。
「よいか、鳳麗。こんど産まれてくるときには、世界征服者はもとより、母親のようなヤサグレ者になってはいかんぞよ」
唇をへの字に曲げ、ホシカは反論した。
「あたしはバカだけど、父親のほうは賢い呪力の学者だぜ。絶対に異星人なんかに拐わせたりしないし、きっといい子に育てる」
「そうと決まれば、いっぱい栄養を摂らなきゃね」
手際よくセラが盛った取皿を見て、ホシカは眉をひそめた。
「ちょっと多すぎるぜぇ、野菜がよぉ?」
援護したのはルリエだった。
「その調子よ、セラ。また母親みたいな肉食系になったら困るわ。もうあんな強敵を相手にするのは懲り懲りよ」
一同は笑いに包まれた。
唐突に思い当たったのはエリーだ。
「ところでセラ。うぬは倉糸のとはうまくいっておるのかえ?」
「まあね。いまは大怪我で入院中だけど、ソーマは今回の薄氷の勝利の功労者だ。なにせ一瞬にせよ、あのホーリーと互角に渡り合ったんだからね。自慢の彼さ。毎日、おいしいご飯を作ってあげてるよ」
おそるおそる、ナコトはたずねた。
「セラも、おめでた?」
心底わからない顔つきで、セラは聞き返した。
「なんのこと? ソーマは声が変になっちゃって、しばらく絶対安静なんだってさ」
どこかでガラガラ声のくしゃみが聞こえたようだが、きっと気のせいだ。
エリーは話題を変えた。
「ナコト、ルリエ。復活したエドにはもう会ったかの?」
先に返事したのはルリエだ。
「会ったわ。長い空白の期間を埋めるため、たくさん喋った。聞けば凛々橋くんが蘇ったのは、エリー、あなたのお陰だそうじゃない。感謝するわ」
やや不敵に、エリーは告げた。
「あやつとわらわは、ビジネスを超えたパートナーじゃ」
「油断も隙もないわね。凛々橋くんを誘惑したでしょ、あなた?」
「おう。将来的には婚姻も視野に入れておる」
肩をすくめたのはナコトだった。
「星々のものに逆吸血鬼……エドのお付き合いも幅広いね」
「他人事のようじゃが、そういううぬはどうなんじゃ。うぬもエドの復活を渇望しておったろう」
「わ、わたしはべつに、エドと恋愛したいわけじゃ……打ち明けると、わたし、他に好きな人がいるの。異世界に、ね」
動揺に、ミコは机を鳴らした。
「幻夢境に、ですか?」
「うん……」
「深掘りして悪いですが、あなたの幻夢境での知人といえば、メネス、イングラム、アリソン。そのうちメネスは」
ミコの視線は、フィアへ移った。左手の薬指にきらめく結婚指輪を、フィアはそれとなく自慢している。
「メネスは、フィアと。イングラムは当然、ホシカと。ということは……」
ナコトはお茶を濁した。
「ミコこそ、ヒデトさんとはどうなの?」
「変わらず良好な関係です。人と機械という壁はありますが。ですがフィアは今回、その打開策を示してくれました。私たちは一緒になれます。フィアの〝赤竜〟はとても真似できませんが、参考になりました。ちなみにフィア、あなたは診断でも完全に人間になっていますが、まだ能力は使えるんですか?」
「回数を限定すれば使えるわ。マタドールのころほど連発はできないけど。機械が人間化するという余剰が、あたしにはもうないからね。乱用しすぎると、ふつうの呪力使いと同じようにスタミナ切れになっちゃう」
ふと思い出し、ルリエは聞いた。
「そういえばシヅル、飛井くんとは順調?」
「そやねん、ジョージとは……」
ミコとエリーの腕時計が鳴るのは、ほぼ同時だった。
箸を置き、立ち上がったのはホシカだ。
「おいでなすったぜ」
「せやな。続きはまた、無事に帰ってきてからや」
にわかに翳った赤務市の雲間からは、すでに不吉な輝きが差し始めている。
剣呑な光を残して現れたのは、過激派のUFOの大群だった。
侵略者の襲撃が開始されたのだ。
穏健派のズカウバ女王が、宇宙の多方面に働きかけて尽力したのは認められる。だが地球外の過激派は、ホーリーが巻き起こした今回の絶滅未遂を見逃してはくれない。ズカウバの制止も及ばず、彼らはやはり人類への攻勢に打って出た。きょうここにフィアたちが集結したのも、ズカウバの事前の警告のおかげだ。
これから破滅はおとずれる。
しかしその世界線には、カラミティハニーズはいなかった。
まっすぐ窓の外を睨むホシカを、心配したのはミコだ。
「母子ともに危険が迫るようでしたら、すぐに退避してもらいますからね?」
「ああ。そのときは頼む」
うなずいて、ホシカは歩き始めた。まだ膨らんでさえいない腹部をさすり、話しかける。
「力を貸してくれ、鳳麗」
ホシカに続いて、チームの皆は別荘の扉をくぐった。静かに靴音を鳴らし、彼女たちは順番に廊下を進んでいく。
フィア・ドール。
染夜名琴。
久灯瑠璃絵。
黒野美湖。
井踊静良。
エリザベート・クタート。
江藤詩鶴。
そして、伊捨星歌。
西暦二〇四二年、十二月二十六日。午後三時十四分……
カラミティハニーズの戦いは始まった。
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