第四話「銀河」

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 壮絶な戦いは終わり、一か月後……  極秘施設を隠す美樽(びたる)山は、やけに肌寒い。冷え込むと思ったら、粉雪までちらついている。  山の一角に建てられた別荘(コテージ)に、カラミティハニーズの八人は集まっていた。空調も快適な屋内で行われるのは、組織(ファイア)が許可した焼肉パーティだ。  鉄板で具材を焼きながら、シヅルはホシカを気遣った。 「もう吹っ切れたんけ、ホシカ?」 「ああ、どうってことねえよ」  コップのオレンジジュースを見据え、ホシカはつぶやいた。 「あれからなんべんもフィアやミコの説明を受けて、ちゃんと理解したつもりだ。あのホーリーは、あたしの鳳麗(ほーりー)とは違う赤の他人さ。しかもとんでもない悪党ときた。あたしみずからの手で裁けて、むしろせいせいしてるぜ」  また胸に子イノシシの縫いぐるみを抱いたまま、たずねたのはナコトだった。 「どうして組織は、最後の最後までそれを内緒にしてたの?」  深々とミコは謝罪した。 「本当に申し訳ありません。その事実をもし、最終決戦の前に聞かされていたら? おそらくチームの動きに、大きな迷いが生じていたでしょう」  パックに入った赤いなにかをストローで啜りつつ、疑問符を浮かべたのはエリーだ。 「あやつ最後に〝母さん〟と言い残しおったの。ではホーリーは、敵陣に母親がいることを知っておったんじゃな?」  うなずいたのはフィアだった。 「たぶん知っていたわ。知っていてまだ、ホーリーの復讐心はそれを上回った」  ためらいがちに、セラは聞いた。 「ホーリーは、両親まで恨んでいたのかい?」 「ホーリーの仇は過去の戦争であって、両親じゃないわ。たとえ自分を一人ぼっちにして先立たれてても、なお両親に会いたいとホーリーは言っていた」  そう弁明したのはルリエだった。 「だからホーリーの願望は、カラミティハニーズに遭遇した時点で幾分かは達成されていたのよ。それが幸福だったかどうかは、いまはもう確かめるすべはないけどね」  ホシカは笑い飛ばした。 「あの本気度、あいつもあたしのことを他人と割り切ってたんだろうよ。結果はこれでいい。あのままあいつの好き勝手にされてちゃ、あたしらは滅んでた。お腹のこの子もいっしょにさ」 「でしょうね」  焼けた肉や野菜を、食べられる者は黙々と口に運んだ。  数秒後、一同は驚いて席を立っている。 「ほんまか!?」  問いただしたのはシヅルだった。 「子どもって、もう!? 昔に学校の屋上で話したときみたいに、誤解を招く表現やのうて!?」  ホシカは首肯した。 「こんどはマジだ。何日か前、検査でわかった。名前は、鳳麗(ほーりー)伊捨(いすて)・イングラム、でいいんだよな?」  目を剥いて、ナコトはささやいた。 「どうりで今日は、珍しく柑橘系のソフトドリンクしか飲んでないわけだ。ふだんならとっくに、ビールとか注文してるもんね」  フィアとともにホシカを注視し、ミコは結論を口にしている。 「たしかに、マタドールのエコーセンサーに反応があります。これはそうですよね、フィア?」 「ええ、間違いない。鳳麗(ほーりー)だわ」  ホシカのへそあたりに、エリーは語りかけた。 「よいか、鳳麗(ほーりー)。こんど産まれてくるときには、世界征服者はもとより、母親のようなヤサグレ者になってはいかんぞよ」  唇をへの字に曲げ、ホシカは反論した。 「あたしはバカだけど、父親のほうは賢い呪力の学者だぜ。絶対に異星人なんかに拐わせたりしないし、きっといい子に育てる」 「そうと決まれば、いっぱい栄養を摂らなきゃね」  手際よくセラが盛った取皿を見て、ホシカは眉をひそめた。 「ちょっと多すぎるぜぇ、野菜がよぉ?」  援護したのはルリエだった。 「その調子よ、セラ。また母親みたいな肉食系になったら困るわ。もうあんな強敵を相手にするのは懲り懲りよ」  一同は笑いに包まれた。  唐突に思い当たったのはエリーだ。 「ところでセラ。うぬは倉糸(くらいと)のとはうまくいっておるのかえ?」 「まあね。いまは大怪我で入院中だけど、ソーマは今回の薄氷の勝利の功労者だ。なにせ一瞬にせよ、あのホーリーと互角に渡り合ったんだからね。自慢の彼さ。毎日、おいしいご飯を作ってあげてるよ」  おそるおそる、ナコトはたずねた。 「セラも、おめでた?」  心底わからない顔つきで、セラは聞き返した。 「なんのこと? ソーマは声が変になっちゃって、しばらく絶対安静なんだってさ」  どこかでガラガラ声のくしゃみが聞こえたようだが、きっと気のせいだ。  エリーは話題を変えた。 「ナコト、ルリエ。復活したエドにはもう会ったかの?」  先に返事したのはルリエだ。 「会ったわ。長い空白の期間を埋めるため、たくさん喋った。聞けば凛々橋(りりはし)くんが蘇ったのは、エリー、あなたのお陰だそうじゃない。感謝するわ」  やや不敵に、エリーは告げた。 「あやつとわらわは、ビジネスを超えたパートナーじゃ」 「油断も隙もないわね。凛々橋(りりはし)くんを誘惑したでしょ、あなた?」 「おう。将来的には婚姻も視野に入れておる」  肩をすくめたのはナコトだった。 「星々のものに逆吸血鬼(ザトレータ)……エドのお付き合いも幅広いね」 「他人事のようじゃが、そういううぬはどうなんじゃ。うぬもエドの復活を渇望しておったろう」 「わ、わたしはべつに、エドと恋愛したいわけじゃ……打ち明けると、わたし、他に好きな人がいるの。異世界に、ね」  動揺に、ミコは机を鳴らした。 「幻夢境(げんむきょう)に、ですか?」 「うん……」 「深掘りして悪いですが、あなたの幻夢境(げんむきょう)での知人といえば、メネス、イングラム、アリソン。そのうちメネスは」  ミコの視線は、フィアへ移った。左手の薬指にきらめく結婚指輪を、フィアはそれとなく自慢している。 「メネスは、フィアと。イングラムは当然、ホシカと。ということは……」  ナコトはお茶を濁した。 「ミコこそ、ヒデトさんとはどうなの?」 「変わらず良好な関係です。人と機械という壁はありますが。ですがフィアは今回、その打開策を示してくれました。私たちは一緒になれます。フィアの〝赤竜(レッドドラゴン)〟はとても真似できませんが、参考になりました。ちなみにフィア、あなたは診断でも完全に人間になっていますが、まだ能力は使えるんですか?」 「回数を限定すれば使えるわ。マタドールのころほど連発はできないけど。機械が人間化するという余剰が、あたしにはもうないからね。乱用しすぎると、ふつうの呪力使いと同じようにスタミナ切れになっちゃう」  ふと思い出し、ルリエは聞いた。 「そういえばシヅル、飛井(とびい)くんとは順調?」 「そやねん、ジョージとは……」  ミコとエリーの腕時計が鳴るのは、ほぼ同時だった。  箸を置き、立ち上がったのはホシカだ。 「おいでなすったぜ」 「せやな。続きはまた、無事に帰ってきてからや」  にわかに翳った赤務(あかむ)市の雲間からは、すでに不吉な輝きが差し始めている。  剣呑な光を残して現れたのは、過激派のUFOの大群だった。  侵略者の襲撃が開始されたのだ。  穏健派のズカウバ女王が、宇宙の多方面に働きかけて尽力したのは認められる。だが地球外の過激派は、ホーリーが巻き起こした今回の絶滅未遂を見逃してはくれない。ズカウバの制止も及ばず、彼らはやはり人類への攻勢に打って出た。きょうここにフィアたちが集結したのも、ズカウバの事前の警告のおかげだ。  これから破滅はおとずれる。  しかしその世界線には、カラミティハニーズはいなかった。  まっすぐ窓の外を睨むホシカを、心配したのはミコだ。 「母子ともに危険が迫るようでしたら、すぐに退避してもらいますからね?」 「ああ。そのときは頼む」  うなずいて、ホシカは歩き始めた。まだ膨らんでさえいない腹部をさすり、話しかける。 「力を貸してくれ、鳳麗(ほーりー)」  ホシカに続いて、チームの皆は別荘の扉をくぐった。静かに靴音を鳴らし、彼女たちは順番に廊下を進んでいく。  フィア・ドール。  染夜名琴(しみやなこと)。  久灯瑠璃絵(くとうるりえ)。  黒野美湖(くろのみこ)。  井踊静良(いおどせら)。  エリザベート・クタート。  江藤詩鶴(えとうしづる)。  そして、伊捨星歌(いすてほしか)。  西暦二〇四二年、十二月二十六日。午後三時十四分……  カラミティハニーズの戦いは始まった。
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