第三話「星団」

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 だれもがミコの失踪を知らぬまま、およそ十時間が経過した。  早朝……  場面は地下を抜け、美樽(びたる)山の頂上付近。  太陽の放熱をかき混ぜ、一機の武装したヘリが空から山へ迫っていた。政府の専用機だ。  人工的な地鳴りが響いた。なんと美樽(びたる)山の山頂が変形し、暗い奥底にヘリポートを展開したではないか。機械でできた広大な縦穴の内側にいくつもの誘導灯を点滅させ、組織(ファイア)自慢の秘密研究所は最新鋭のヘリを飲み込んでいく。  強風に吹かれつつ、ヘリポートを遠巻きに取り囲む人影があった。五人いる。  まずは、実戦で鍛え抜かれたエージェントの男が三名。少年は褪奈英人(あせなひでと)、巨漢はマタドールシステム・タイプPのパーテ、銀縁眼鏡の青年は倉糸壮馬(くらいとそうま)だ。  また、それぞれ髪やスカートを突風からかばうのは、今回の重要な会議にあたり、特別に招集された二人の少女だった。どちらも見た目は学生服の女子高生であり、メガネをかけたほうなどは腕に子イノシシのぬいぐるみを抱えている。とはいえ多分、彼女たちの呪力の才能こそが、この場にいる誰よりも強い。  拳銃使い(ガンダンサー)染夜名琴(しみやなこと)と、結果使い(エフェクター)井踊静良(いおどせら)だった。  ずり落ちるメガネを支え、ナコトはすでに浮足立っている。 「す、すごい。こんな近くでヘリコプターを見学するのは初めてだよ。ね、セラ?」  かくかくとセラはうなずいた。 「あとでぼくたちも乗せてもらえるかな? どう、ソーマ?」  少し怒った様子で咳払いし、ソーマはセラに耳打ちした。 「職場や学校では姓で呼び合う約束だったろう、井踊(いおど)さん?」 「あ、ごめん、倉糸(くらいと)先生。つい……」 「それにおそらく、乗り物関係ではこれからさらに仰天することになる」 「え? もっととんでもないのが来るの?」 「待っていればわかるさ。ちょっと行ってくる」  ふわりと着地したヘリは、徐々に回転翼の動きを緩めていった。機敏に駆け寄った男性陣の三名は、てきぱきとヘリのドア開閉を手伝っている。 「うわ……」  動揺したナコトの手は、ぬいぐるみを抱える力を強めた。作り物のうりぼうから小さな苦鳴が漏れた気もしたが、きっと聞き間違いだろう。  ナコトは目撃したのだ。戦闘員たちに厳重に守られ、ヘリの客席からのっそり現れた人物を。  立派な禿頭(スキンヘッド)を特徴とする逞しい壮年の男は、日本人ではない。一分の隙なく着こなしたスーツからなにから、すでに刃物のような殺気を漂わせている。なので、第一印象からするナコトの感想もこうだった。 「ヤ、ヤクザだ……」  しいっと唇に人差し指をあて、ナコトを注意したのはヒデトだった。  一方のパーテは、来日したVIPを流暢な外国語でもてなしている。 「本部からの長旅をお疲れ様です、ティロン長官。ようこそ日本支部へ」 「おう。旅館の刺し身はかなりイケたぜ」  外見どおりの荒っぽい口調で、男は部下たちをねぎらった。  彼こそが政府の極秘機関の最高責任者、組織(ファイア)長官のティロンに他ならない。  鋭い炯眼であたりを見渡し、ティロンは唸った。 「またずいぶん、赤務(あかむ)市の警護はガキが多いな。ほんとに大丈夫なのか?」 「ご心配には及びません。ここにいる全員が、世界有数の呪力使いです……おや?」  疑問符を浮かべ、そばのヒデトにささやいたのはソーマだった。 「予定よりひとり足りないぞ。黒野(くろの)はどうした?」 「あ、そういえば……遅刻だなんて珍しいな、あのミコが。おいミコ、どこにいる?」  手首の通信機に呼びかけたヒデトだが、なぜか応答はない。  数秒ばかり待って、ヒデトはソーマに告げた。 「あとで部屋まで迎えにいくよ。例のおかしな吸血鬼にやられた後遺症かも」  そんなやりとりも我関せず、ヘリをあとにしながらティロンはつぶやいた。 「俺が一番乗りだな。異世界や宇宙のヤローどもは?」  ヘリポートを異常が襲ったのは、まさにそのときだった。  虚空が歪み、ぽっかり穿たれたのは次元の亀裂だ。呪力でできた門の向こうには、どこか中世的な内装や調度品が散見される。召喚術により、地球のこの部分は異世界の首都セレファイスとつながったのだ。  転送の門をくぐる人影は、三人いた。  先頭を歩くのは、幻夢境(げんむきょう)の召喚士であるメネス・アタールだ。  そのかたわらを守る若者が背負った神秘的な長剣は、操り手の体格からは信じられないほど大きい。セレファイスの風呪の魔法剣士、アリソンの長身は強弓そのもののように引き締まっている。  精悍なアリソンの麗貌は、地球の陣営に知り合いの顔を見つけた。なんと、本人たちしかわからない小さなウィンクを飛ばす。その卓越した剣さばきの腕前と同じく、異世界きってのプレイボーイには油断も隙もない。  顔を赤くしてどぎまぎとアリソンから瞳を逸らしたのは、ターゲットであるナコトだ。  かたや、護衛たちに導かれる第二の貴賓は、やはりクラシックな正装をまとっている。  セレファイスのトップ、クラネス王は尊大に挨拶した。 「やあ、地球のみんな。ティロン長官は、前に異世界電話で話したっきりだね」  やや憎らしげに、ティロンは返事をした。 「相変わらずの優男っぷりだな、クラネス。あんがい簡単に空いちまうじゃねえか、別次元への抜け道とやらも?」 「それがそうでもなくてさ。大変なんだよ、この扉の維持は。会議の一年前から綿密に呪力を練り続けて、ようやくこの三人が通れるだけの通路が確保できた。メネス?」 「はい」  首肯したメネスは、セレファイス側へ合図した。 「門を閉じていいぞ、イングラム。ふたたびの開門は、のちの連絡を待って行え」 「了解です、先生」  縮小していく異世界門の向こうで、水呪の召喚士は手を振って別れを告げた。 「またね、ナコト、セラ……」  腕を振り返すナコトとセラを尻目に、正対したのはティロンとクラネスだ。 「地球と異世界は揃ったな、クラネス。残る役者はひとりだぜ?」 「そうだね、ティロン。この並外れた反応は、すでにここを目指して降下している」  ヘリポートが光に漂白されたのは、次の瞬間だった。  超高速で現れたそれに、ナコトやセラも思わず腰を抜かしている。組織(ファイア)のエージェントたちの表情は、いずれも強張って険しい。そう。この神秘的な発行体の乗員こそが、これまでと下手したらこれからも、人類と死闘を繰り広げる戦慄の存在なのだ。  まばゆい輝きは、地球のものでも幻夢境(げんむきょう)のそれでもなかった。七色の明滅を繰り返す巨大な〝船〟は、まさしく未確認飛行物体……UFOだ。  光の向こうに、いくつかの人影は進み出た。がりがりに痩せこけた手足に対し、その頭部と眼球はいびつなまでに大きい。  宇宙人(エイリアン)吊り目(アーモンドアイ)星々のもの(ヨーマント)。  地球外生命体……  そのおぞましい正体を目にし、素直に怯えたのはナコトだった。 「あ、あわわ……」  異星人のひとりは、小首をかしげたようだった。女性らしき声で、人語をつむぐ。 「怖がっちまっとるな。ほんじゃみんな、格好を変えるべ?」  奇妙な舌使いは、宇宙なまりとでも呼ぶべきだろうか。  UFOの光は、わずかな音もなく唐突に消え去った。あとに佇んでいたのは、驚くべき三つの姿である。  中央に立つのは、気品あふれる若い女性だ。地球人めいた糊の効いたスーツに身を包んでいる。いや、ソーマたちが殺気立った理由は、それだけではない。  彼女の背後に控えるのは、球体どうしを連結した異形の巨人たちだ。その頑丈な強化外骨格(パワードスーツ)をまとった守護者の名前は、だれともなくこう呼ばれる。 「〝ジュズ〟……」  硬い面持ちのティロンとクラネスへ、おお、女は気楽に片手をあげて自己紹介した。 「おっす、おらズカウバ。宇宙の穏健派の女王だべ。和平協定をやる場所ってのは、ここで合ってるけ?」  隠した拳銃の銃把に手は添えたまま、ティロンはクラネスへ秘密裏にたずねた。 (イナカもん……か?) (言葉をつつしむんだ。大宇宙の深淵からすれば、むしろ田舎者は我々のほうだよ)  思い思いに考えを巡らせる一同へ、号令をかけたのは発議者のメネスだった。 「ひとまずは記念しましょう。本来の時間軸では決して実現しなかった、各代表どうしのこの邂逅を。会議室まで安全にご案内します」  なにはともあれ、三世界の住人たちは動き始めた。  美樽(びたる)山の樹木に登り、その顛末を眺める人影に皆は気づいたかどうか。  拳の骨を鳴らしながら、ホーリーは近くの仲間たちに目配せした。 「そろそろ行こうか、わたしたちも?」
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