第三話「星団」

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 美樽(びたる)山研究所の会議室……  ロの字に配置された長机には、各世界の代表が分散して着席している。  まずは特殊情報捜査執行局の長官、ティロン。軍隊出身の隆々たる筋骨や、輝く坊主頭がいかつい。彼の率いる組織(ファイア)は、地球上のあらゆる機関を暗闇から牛耳っている。  つぎに幻夢境(げんむきょう)の首都セレファイスの王、クラネス。ちょっぴり軽薄そうな雰囲気を秘めてはいるものの、こちらも働き盛りの年齢だ。彼の統治する異世界の呪力国家には、組織(ファイア)も手に負えない未来からの直接攻撃を幾度となく防いだ実績がある。  最後に異星人の女王、ズカウバ。この美女が従える穏健派の勢力は、太古の昔より侵略を繰り返す宇宙の過激派と双璧の立場にある。ちなみに地球人を模倣した彼女の姿は、何歳か不明なため妙齢としか説明できない。  それぞれのテーブルに置かれるのは、資料一式の収まる電子端末だった。画面に表示されるプログラムには、当会議の発言の順番が記載されている。  先頭は地球、中盤が異世界、そして三番目は宇宙だ。前もっての開示で、この序列に異議がないことは全体に周知されている。  会議室の東西南北には、同数の扉があった。扉を隔てて四方に存在する部屋には、おのおの三世界の護衛が待機している。有事の際にはすぐに飛び込み、戦士たちが貴賓の安全を守る仕組みだ。 「お茶にしますか? コーヒーにしますか?」  給仕用のゴンドラを背後に置き、その少年は丁寧にメニュー表を差し出した。  緩みなくスーツで身を固めたウェイターの名前は、凛々橋恵渡(りりはしえど)。もと人間だが現在は組織(ファイア)人型自律兵器(アンドロイド)、マタドールシステム・タイプOだ。  しげしげとメニュー表を眺め、答えたのはズカウバだった。 「この蜂蜜味の紅茶にするべ」 「〝カラミティハニーズ〟ですね。承知しました」 「ちょっと待つだ」  戻ろうとしたエドの手首を、ズカウバは不意に掴んで止めた。彼女の興味の矛先は、マタドールの人工皮膚が覆うウェイターの掌に向いている。突然のことに困惑気味のエドを逃さず、疑り深く勘繰ったのはズカウバだ。 「おめぇのこの変わった強い呪力からは、体液捕食生物……人類風にいう〝吸血鬼〟の匂いがプンプンすっぞ。その片手に隠してるのは、戦うための武器かい?」 「いえ、違います」 「見せろ、念のため?」 「お恥ずかしい限りですが、わかりました」  微細な作動音を鳴らし、エドの片腕は変形した。  ズカウバの顔を隈取ったのは、四色のまばゆい輝きだ。鳩血石(ルビー)蒼玉石(サファイア)金剛石(ダイヤ)緑柱石(エメラルド)……幻夢境(げんむきょう)特産の貴重極まりない宝石たちは、埋め込まれたエドの拳で神秘の反射を躍らせている。光の乱舞を好奇の視線で楽しみ、ズカウバは感心した。 「たまげた異世界の能力だべ。そんな希少な代物、よく全部集めたな?」 「まあ苦労しましたよ、色々と」 「宝石どうしの組み合わせは、とんでもない〝解呪〟の作用を秘めてるだ。その気になりゃ、どんな封印でも破っちまうだろう。確かにそれは武器じゃねえ。治癒の力だな。もう仕舞っていいだよ?」 「ご納得頂けてなによりです」  一方、メニュー表の裏表を何度も見返し、ティロンはエドにたずねた。 「日本酒(ジェパンシェイク)はないのか?」 「ございますが、提供は本会議が完了したあとの懇親会でです」 「ちっ、しゃあねえ。なら、この特製コーヒーで頼むわ」 「〝ディザスターガイズ〟ですね。すぐにご用意します」  続いたのはクラネスだった。 「私もティロンと同じのを」  遅滞なくお茶菓子の提供を終え、エドはそのまま議長の席についた。  なぜエドがこの大役に抜擢されたかと言えば、地球、異世界、そして宇宙において、彼だけは不殺を貫く数少ない非戦闘員だからだ。機械の正確さや公平性の部分からも、満場一致でエドは会議の司会に選ばれている。 「恐縮ですが、議事進行を務める凛々橋恵渡(りりはしえど)と申します。お三方は、もう自己紹介はお済みでしょうか?」 「おう」 「ああ」 「んだ」 「では定刻となりましたので、三世界会議を始めます。議題は、未来のホーリーから現代を守る和平協定についてです。最初にティロン長官、お願いします」 「うむ」  座席にふんぞり返って腕組みし、ティロンはうなった。 「例のあれは検討してくれたか、クラネス?」 「あの申し入れだね。幻夢境(げんむきょう)の広大な空き地に、選ばれた地球の人類が移住する件。受け入れの準備は着々と整えている。引き換えに、いくつかの約束は守ってくれるかい?」 「地球の技術の持ち込みは最小限から始めること。幻夢境(げんむきょう)の環境破壊をしねえこと。地球から異世界へ転送するときには、あらかじめ所定の名簿を提出するのと、お前の許可を得ること、等々。おおむね政府の承認は取った。反対に、地球からも要望がある」 「なんだい?」 「異世界のおかしなものが、地球側に紛れ込まないように注意を払ってくれ。直近だと吸血鬼のカレイドの一味が、ずいぶん組織(ファイア)の仕事を増やしてくれたな」 「たしかにあれは、われわれ幻夢境(げんむきょう)の手落ちだね。すまない。だが念のため言っておくけど、あの事案もホーリーの手引きだ。そして組織(ファイア)も私の許可なしに、獰猛なハンターを幻夢境(げんむきょう)に送り込んだろう?」 「逆吸血鬼(ザトレータ)のエリーのことだな。以後は気をつける」 「ではお互いに持ち帰りのうえ、配布された協定書にサインすることにしよう。われわれは共同で、ホーリーに反撃する。とはいえ協定書は、合計で三通揃わなければ効力を発揮しない。地球、異世界は受領した。エド?」 「はい。クラネス王、発言は以上でよろしいですね?」 「うん。つぎは彼女の番だ」 「ではズカウバ女王、お願いします」 「あいよ」  なまった宇宙の方言で、ズカウバは返事をした。 「おめーら地球と幻夢境(げんむきょう)の相談は、穏健派と過激派の両方に申し入れただ。あれだろ。ジュズは地球と異世界への攻撃をやめ、ホーリーを止めるのに協力すっこと。おらが協定書にハンコを押しゃ、ちったあ過激派も言うことを聞くべ。未来の戦争もなくなる。喜んで賛成するど」 「それでは……」  ティロンたちは胸を撫で下ろした。事前の宇宙への根回しは功を奏し、ズカウバも話が早い。これで全宇宙の和平協定は成立する、かと思われたが。 「しっかしよォ」  参議者の男たちを見据えるズカウバの視線は、にわかに鋭さを増した。 「おめーら、おらに秘密でやってるよな?」  双方ともに内心でぎくりとし、ティロンとクラネスは顔を見合わせた。 「なんのことだ、クラネス?」 「さ、さあね? ティロン?」  嘆息して怒りを抑え、ズカウバは切り込んだ。 「やっちゃいけねえだろ。〝ダリオン〟を育てるなんざ?」 (バレてる!?) (なんでだ!?)  異口同音に狼狽したティロンとクラネスを、ズカウバは非難した。 「とっくに知ってんだべ。異世界のそのまた次元のはざまから、おめーら人類がたまたまダリオンの種を見つけたことを。やめろっ()ってんのに、あんな危ねえもんに水をやってどうすっ気だ。おおかた、おらたち宇宙に歯向かうための生物兵器ってとこけ?」  苦しい面持ちで言い訳したのは、ティロンだった。 「必ずしもダリオンは武器じゃない」 「そうさ」  クラネスも賛同した。 「今後の医療技術の発展にもつながる貴重な素材だよ、ダリオンは」 「ごまかさんでいいべ。医療なら別の方法で、おらたちがなんぼでも手助けするど」  やや鼻息を荒くし、ズカウバはまくし立てた。 「ダリオンっちゅう完全生物はな、その惑星の命を食い尽くしたら、名前どおりタンポポ(ダンダリオン)の綿毛みたいに一気に宇宙じゅうへ散るんだ。大気圏の摩擦熱も真空も関係ねえ。新しい獲物の惑星に辿り着いたら、ダリオンはまた凄んげえ早さで殺しと寄生を広げる。あとはその繰り返しだべ。そうやって破滅しちまった星を、おらはごまんと見てきた」  いまにもちゃぶ台をひっくり返しそうな強い語調で、ズカウバは告げた。 「平和の約束を結びたいってのに、そんなもんを隠してちゃいけねえよな。ダリオンを持ってるかぎり、おめーらとは仲良くできねえ。選ぶだ。ダリオンを捨てていっしょに平和の道をいくか、後生大事にあれを愛でて宇宙と戦争するか?」  ティロンとクラネスは閉口し、重苦しい緊迫を生んだ。  あるかなきかの時計の秒針の響きだけが、静寂を刻む。  やがて両者の苦渋の表情を確認し、男ふたりは頷いた。  嗄れた声で答えたのは、ティロンだ。 「了解した……ダリオンは焼き払う。すべてだ」 「ひとつ残らずだど。金輪際、種を探す行為も禁止だ。わがっだな、クラネスも?」 「よくわかった。ダリオンに通ずる次元の歪みも、ぜんぶ封印すると誓おう」  ようやく顔をほころばせ、ズカウバはうながした。 「おらからは以上だ。いまのやりとりも協定書に盛り込んで配るべ、エド?」 「承知しました。その他、ご意見はありませんね。ではこれをもって、三世界会議は閉……」  会議室の扉がノックされたのは、そのときだった。
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