第三話「星団」

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 数分前、室外の廊下……  会議室へ通じる扉の前に立ち塞がるのは、彼女たち二人だった。  染夜名琴(しみやなこと)井踊静良(いおどせら)だ。  ふたりが片耳にはめる小さな無線機からは、室内の会話が包み隠さず流れている。関係者にのみだが、今回の超会議の内容は完全にオープンにされているのだ。それぞれの別室で待機する各世界の護衛たちも、議事を傾聴して悲喜こもごもに違いない。  無線機を押さえる指をかすかに震わせ、ナコトは我が耳を疑った。 「凛々橋(りりはし)恵渡(えど)……似た名前の聞き間違い? この会議室の中にいるのは、もしかしてあのエド?」  ナコトの知るエドは、樋擦帆夏(ひすりはんな)の毒牙にかかって敢えなく命を落としたはずだ。混沌の覇王たるナイアルラソテフでさえ、エドの復活は不可能と結論づけていた。仮に扉の向こうにいるのが本物の彼だとすれば、いったいどうやって?  とにかく、事実の確認は会議の完了後だ。ここはひとまず、会談の清聴や護衛の任務に集中することにしよう。  頑丈な入り口を守りながら、となりのセラにたずねたのはナコトだった。 「移住できるんだってね、異世界に?」  真剣な面持ちで、セラはうなずいた。 「びっくりさ。いままで頑なに他者の侵入を拒んでいたという幻夢境(げんむきょう)が、ついに別世界の人類を受け入れる気になったんだ。おまけに宇宙人まで協力して、未来からの攻撃に対抗する姿勢らしい。もしかしたらこれは、ホーリーの攻撃がぼくらに与えた怪我の功名かもしれないよ」 「幻夢境(げんむきょう)、か……」  子イノシシのぬいぐるみを抱きしめ、ナコトは天井に視線を馳せた。はるかなカダス山に建つ縞瑪瑙(アゲート)の巨城で受けたもてなしや、異世界勢の部屋に控えるだろうある風騎士のこと等々を思い出す。 「美味しかったな、テフのお城で食べたごちそう。ダーツを教えてくれる彼も、とっても優しかった……」 「ほほう?」  心ここにあらずのナコトの脇を、セラは意地悪げに肘で小突いた。 「その表情、さてはすぐ身近に好きな人がいるね?」 「好き……って、エぇ? そんな、やめてよ、セラ」 「図星だな。べつに恥ずかしがらなくたっていいさ。ぼくもこの群衆の中に、将来を約束した男性(ひと)がいる」 「え、ほんと? だれ、だれだれ?」 「秘密、は教えないでもないよ。その代わりにナコトも、お相手の名前を打ち明けるんだ」 「そ、そっかぁ。じゃあ、せ~ので暴露する?」 「うん、せ~の……」 「こら」  第三の気配に驚き、ふたりが飛び上がるのは唐突だった。  大事な護衛任務の真っ最中だというのに、くだらないお喋りに興じるナコトとセラをどやしにきたらしい。 「あのさ、きみたちねぇ……」  細い腰に手をあて、嘆息するのは一人の少女だった。着用した美須賀(みすか)大付属の学生服から察するに、見知らぬ顔だが組織(ファイア)の関係者のようだ。  すくみ上がるナコトとセラを、少女はたしなめた。 「やっぱり年相応のアルバイト感覚ってところか。もっと真面目にできないの?」  落ち込んだ面持ちで、セラは侘びた。 「すいません……あの、ええっと?」 「私はマタドールシステム・タイプNのニコ」  言われてみれば、その雰囲気はどことなく系列機のフィアやミコに似ている。  廊下の出口を指差し、ニコは呆れがちに促した。 「ナコト、セラ、いったん休憩だ。警備は代わるから、外の空気でも吸っといで」 「はぁい……」  叱られた二名は、しょんぼりと門衛から外れた。 「ところでな」  ニコとすれ違いざま、ささやいたのはナコトだった。顔つきから声遣いから、ナコトの人格は瞬時に戦闘向きのそれへと豹変している。  なにもないニコの背後を鋭い視線で釘刺し、ナコトは聞いた。 「そこのもうひとり、なぜ姿を隠している。わたしの目は誤魔化せんぞ。氷の呪力を応用した光学迷彩だな、それは?」 「!」  その場の四名は、勢いよく四方へ飛び離れた。  そう、三人ではなく、四人いる。超低温の霧のバリアを散らして新たに現れたのは、それまで不可視だった制服姿の女子高生だ。魔法少女の苛野藍薇(いらのあいら)ではないか。  そしてニコと名乗った少女のほうも、黒砂の魔王ことニコラに他ならない。  いつの間にか、ナコトの腕から子イノシシは消えている。呪力でできた二挺の大型拳銃へと、ナイアルラソテフは形態を変幻したのだ。  素早く回転させた拳銃を前後に引き絞り、ナコトは誰何(すいか)した。 「ホーリーの差し金だろう、おまえら?」  不敵な笑みを浮かべたのは、少女の機体を与えられたニコだった。その周囲におびただしい砂鉄を上昇させつつ、肯定する。 「いかにも、我々はホーリーさまの古影(ミメット)だ」 「目的は、わたしたちを倒して会議を邪魔することに間違いないな?」  詰問したナコトの横、セラは必死に耳の無線機を叩いた。一方では結果呪(エフェクト)の力を指先に込め、戸惑う。 「みんな、応答して! 敵だよ、敵!」 「無駄ね」  片目に呪力の五芒星を燃やし、冷淡に切り捨てたのはアイラだった。 「あんたたちの通信手段は、とっくに水分で凍らせて故障させた。うしろの扉も最大限に凍結させてあるから、撃とうが叫ぼうがいっさい音は届かない。助けは期待しないほうがいいわ」 「八方塞がりか。よかろう。こちらもお前らを逃がすつもりはない」  低い声で告げ、ナコトはセラに合図した。 「いくぞ、セラ。こいつらをできるだけ、会議室から遠ざけるんだ」 「わかったよ、ナコト」  身構えたニコとアイラめがけ、ナコトとセラは床を蹴った。
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