第三話「星団」

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 もよりの別室の扉をぶち破り、ナコトとニコは姿を消した。  お互いを追いかけて長い廊下を駆けるのは、セラとアイラだ。会議室から離れるというセラの誘いに、こちらも目論見があるのかアイラは乗っている。  疾走しながら、セラはたずねた。 「平和に解決できないかな、話し合いで?」  アイラの答えは、鋭い切れ味と化して飛来した。咄嗟に避けたセラの頭上を越え、不可解な半透明の〝手裏剣〟は続々と背後の壁に突き刺さっている。この飛び道具は凝固した水分で形成されてはいるものの、まともに浴びれば致命傷は避けられない。  手裏剣の次弾を掌に生み出し、アイラは同温度の凍えた返事をした。 「ここでの私は、仕留めたカラミティハニーズの死体としか話さない」  指と指を絡めて忍法の印を結ぶや、アイラは言い放った。 「〝風を歩むもの(イタクァ)第四関門(ステージ4)」  爆発的な吹雪の輝きとともに、アイラの形態は一転した。  露出の多い呪力の忍装束へと、冷血の魔法少女は変身したのだ。たなびく長いマフラーが美しい。その両腕には、氷でできた二振りの〝苦無(くない)〟が逆手持ちに握られている。いきなりのフルスロットルではないか。  廊下の終端で、セラは駆け足に急ブレーキをかけた。もうじゅうぶん会議室からは遠のいたはずだ。また呪力使い特有の第六感は、アイラのパワーの強烈さをひしひしとセラに訴えかけている。相手は魔法少女だ。危険。絶対に油断は許されない。  相対する忍の暗殺者が、接近戦を得意とするのは一目瞭然だった。逆にセラはその性質上、中長距離の射程圏が狭まれば狭まるほど不利になる。そして今、双方の距離はおよそ十歩あるかないか。この間合いがゼロまで縮まる前に、敵を倒さねばならない。  同じく立ち止まったアイラへ、セラは最後通牒を示した。 「どうしても()るのかい?」 「それが遺言でいいのね?」  片目の五芒星から蛍火の尾を残し、アイラはセラへ踏み込んだ。それを皮切りに、セラからは莫大な呪力の燃焼が立ち昇っている。  氷刃ごと突撃してくる魔法少女を指差すや、結果使い(エフェクター)は呪文を織った。すなわち〝過去にここへ落ちた隕石の記憶〟を現在に呼び起こしたのだ。 「結果呪(エフェクト)輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟!」 「!」  瞬時にアイラが展開したのは、氷水で編まれた蜘蛛の糸だった。  柔軟性に秀でたそれが、アイラめがけて大きくたわむ。突如として虚空から現れた呪力の流星雨を、この凍えたバリアが寸前で受け止めたのだ。直感的に防御していなければ今頃、幻の隕石群はアイラを痛打して戦闘不能にしていただろう。  いや、それだけに留まらない。次から次へと炎煙を引いた隕石は、セラからアイラに機関砲のごとく多角度より襲いかかっている。氷の投網を貫通した何発かは、アイラの頬をこすって浅い焦げ跡を生んだ。 (これが結果呪(エフェクト)……凄まじい威力!)  脳裏だけで、アイラは焦った。全開にした魔法少女の呪力と、セラのそれは同格かそれ以上を誇っている。 「なら!」  着弾の勢いで小刻みに後退しつつ、アイラは床へ片手を叩きつけた。そこを始点に、廊下は丸ごと霜に塗り替わる。ホーリーに与えられた異才で、アイラはふたりを含んだ空間を一気に凍結させたのだ。  動揺したのはセラだった。 「わわ……」  完璧なスケートリンクと化した床に、足が滑る。立っているのがやっとだ。おまけにこの絶対零度。あまりの低温に気道は痙攣し、ろくに呼吸もままならない。環境の激変に耐えかね、思わず結果呪(エフェクト)の掃射も止まってしまう。  まさしくアイラのための世界だった。 「隙あり!」  アイラの怒号とともに、セラは背後の氷壁に突き飛ばされた。氷上を猛スピードで滑走して放たれたアイラの回し蹴りが、低空からセラの鳩尾にめり込んだのだ。日々鍛錬しているとはいえ、セラも生身の人間である。浮世離れした魔法少女の脚力を至近距離で喰らえば、さしもの結果使い(エフェクター)とて無傷ではすまない。  せり上がる横隔膜が、なお肺を潰す。呼吸困難の状態で、セラは壁をずり落ちた。そこに追い打ちをかけたのは、アイラが左右から突き入れた苦無の切っ先だ。  勢いよく弾かれた凶刃たちは、明後日の方角に飛んでいった。息も絶え絶えにセラの召喚した流れ星は、間一髪で必殺の苦無を防御している。  それでもアイラは止まらなかった。流れるようにセラの胴体をえぐったのは、容赦ない肘打ちだ。身をかわし、隕石の落下でガードするセラだがとても捌ききれない。殴る蹴る殴る蹴る。これだからゼロ距離はまずいのだ。地面に散ったセラの鮮血は、内臓を損傷した証拠に妙に赤黒い。華麗な忍者の体術に翻弄され、セラは全身に重度の打撲を負って氷床を転がっている。  体中から呪力の煙を漂わせるセラには、もう結果呪(エフェクト)を撃ち出す気配はない。意識を失ったのだろう。まだ爪先でセラをなぶりつつ、アイラは鼻で嘲笑った。 「この程度で未来に立ち向かおうだなんて、片腹痛いわ」  セラに背を向けると、アイラは指を鳴らした。念には念をだ。いっせいに屹立した凍土そのものが、あっという間にセラを覆い隠す。かちこちに氷で固まり、これで凍死は間違いない。 「おっと?」  軽く小首を傾げたアイラの側頭部あたりを、ひときわ大振りの隕石は掠め去った。負け犬が断末魔に発射したようだ。だがこんな真正面からの攻撃、回避するなどアイラには造作もない。泣きっ面に蜂とはこのことで、外れた流れ星はそのまま後方のセラ自身を直撃している。  氷の割れる音が聞こえたときには、もう遅い。 「……〝輝く追跡者(ヴェディオヴィス)〟」 「し、しまっ……!」  振り向く暇もなく、流星の驟雨はアイラの背中に激突した。  自爆としか考えらなかった最前の隕石はその実、冷凍からの脱出とセラ本人の蘇生を兼ね備えている。セラはあえて猛攻を受けきって倒れることで、普段は絶対に見られないアイラの背後という最大の好機(チャンス)を得たのだ。ふさわしい距離も取れず、相性まで最悪な魔法少女に勝つにはこの方法しかなかった。  無数の彗星に穿たれて吹き飛んだときには、アイラの姿は本のページと化してばらけている。おびただしく舞い落ちる紙片を前に、セラはなんとか身を起こした。肋骨の折れた脇腹をかばいつつ、息を荒くしてつぶやく。 「古影(ミメット)……なんて恐ろしい力だ。早く、早くナコトを助けに行かなきゃ」 「わたしが連れて行ってあげよう」 「!」  驚いたセラの首を、ホーリーは背後から掴んだ。
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