第三話「星団」

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 場面は戻り、ふたたび三世界のつどう会議室……  扉は外からノックされた。  決まった合図があるまで、部外者は議事へ介入しないルールだったはずだ。通路側からの呼び鈴ということは、門番のナコトやセラか?  司会のエドの返事も不思議げだった。 「はい、どうしました?」 「失礼するわ」  そっとドアを開けて入ってきたのは、現代離れしたスーツをまとった少女だった。開けたとき同様、入ったあと丁寧に扉を閉める。  ティロン、クラネス、ズカウバは揃って静まり返った。この入室者、どこかで見覚えがある。  そう、まさしくそれは、机上の電子端末の画面に映る問題の少女ではないか。未来から訪れたという超一級の危険人物だ。厳重に厳重を極める施設の警備を、いったいどんな方法で突破してここに?  だれがともなく、少女の名前は戦慄とともにこう呼ばれた。 「ホーリー……!」  色めきだった一同は、各自の通信手段で三世界の護衛に通報した。その間にもホーリーは淡々と、戦士たちの待機場所へ通じる出入口に触れて回っている。  ホーリーはただ、軽く扉をさすっただけだ。なのにそれらは、絶対無敵の鋼鉄へ生まれ変わったかのように硬質化している。沈黙した会議室に激しくこだまするのは、知らせを受けた守護者たちが外側からドアノブを回す音だけだ。蹴れど殴れど、しかし出入口は寸分たりとも動かない。  ホーリーは種明かしをした。 「扉には時間操作の鍵をかけたよ。これで邪魔者は入らない」 「野郎!」  悪態をつき、懐から拳銃を抜き放ったのはティロンだった。  即座にホーリーを照準する。いや、しようとした。正確には、ティロンの掲げた腕にはなにも握られていない。どうしてかティロンの鉄砲は、離れた場所のホーリーの手に掴まれている。これもなんらかの能力だ。  呆気にとられるティロンへ見せつけるように、ホーリーはたちまち拳銃を解体した。おびただしい金属片に成り果てたそれらを、ばらばらと床へ捨てる。  つぎにホーリーが眼差しで制したのは、クラネスだ。 「通じると思うかい? ただ死期を早めるだけだよ?」 「……!」  練っていた攻撃の呪力を、クラネスは無言で引っ込めた。  エドの真横をすり抜けざま、ホーリーは耳打ちしている。 「タイプO、きみの解呪の能力は〝断罪の書(リブレ・ダムナトス)〟の封印の天敵だね。動くな。ちょっとでも触ろうとしたら即、抹消するよ?」  凍りついたまま、エドは恐る恐るたずねた。 「あ、あなたの目的はいったい……?」 「今回はひとえに、そこの異星人の女王と話しにきただけさ。内容によっては、お喋りだけじゃ済まないけどね。ああ、お茶はいらないよ。座っても?」 「…………」  沈黙を了承とし、ホーリーはズカウバの前席に腰掛けた。  机を挟んだホーリーを眺め、つぶやいたのはズカウバだ。 「おめーが噂のホーリーけ。現実と異世界、そしてアーモンドアイの混血だな」 「ご存知くださって光栄だわ、穏健派の女王。さっそくなんだけどね」  大胆不敵に足組みをしてテーブルに頬杖をつき、ホーリーは告げた。 「譲ってくれない? 現代の穏健派の女王の座を?」 「なんでだ?」 「未来では、わたしはすでに穏健派の〝超加速の女王〟をやってる。おかげで、あるていど過激派の制御には成功してるわ。だから、この時代でも同じことがしたいの」 「へえ。ところで、その時間軸のおらはなにしてるだ?」 「戦火に巻き込まれ、命を落としてるわ。直接会うことはなかったし、死因までは知らないけど」 「そっか」  人型の死が眼前まで肉薄しているにも関わらず、なぜかズカウバは毛ほども動揺していない。泰然とした姿勢は崩さず、上品に蜂蜜ティーをすする。  ズカウバはホーリーに言い返した。 「べつにいいじゃねえか、おめーの時代でうまくやってんのなら。こっちはこっちで好きにする。未来だけじゃなく、なんで関係のねえ現代にまで手出しすんだ?」 「知ってのとおり、わたしは過激派のアーモンドアイと、世界中の呪力使いを殲滅するつもりなの。決して未来はうまくなんていっていない。わたしの故郷や両親をあんな目に遭わせた戦争の源を、いまのうちに根本から絶つ。そのためにはズカウバ、あなたのやり方は生ぬるすぎるのよ」 「それって理論が逆転してないけ。戦争を止めたいがため、おめーは別の戦争をおっ始めようとしてる。そりゃ穏健派の考えじゃねえ、過激派の思想だべ」 「わかってないわね。未来の戦争が生む死者数より、わたしの計画による死者数のほうは圧倒的に少なくて済む」 「少なくっておめー、どのくれー殺す気だ、この時代で?」 「全人類の約半分にあたる呪力使いと、過激派のアーモンドアイ全部よ。こいつらが、災いを招くすべての原因になる。ちょっとは冷静に天秤にかけてみて、聡明な女王様?」 「うん、話になんねえ」  繊手を腕組みし、ズカウバは言い放った。 「悪りいけんど、おらが女王の席を降りる理由はこれっぽっちもねえな。せっかくこうして、ダリオンを駆除して全宇宙が平和にやってこうとしてるんだ。現代には、どんな名目の戦争も起きねえ。おとなしく帰ってくんろ、ホーリー」  るんるんと頭や足を振りながら、ホーリーは微笑んだ。 「おまえは女王の器じゃないと言ってるのよ……〝超時間の影(シャドウ・オブ・タイム)〟百倍」  常人の百倍以上の速度と威力で、ホーリーの拳はズカウバを貫いた。  その刹那、ズカウバも呪文を唱えている。 「〝真空回廊(チャンドラプトゥラ)局面(1)(フェイズ1)」  ホーリーの一撃は、確実にズカウバを葬った。  ズカウバは、優雅に蜂蜜ティーを飲んでいる。 「!?」  振り切った強烈な右ストレートとズカウバを交互に眺め、ホーリーは目を白黒させた。  たしかに手応えはあったのに、なぜまだ獲物に息があるのだ。よもやこの正確無比のホーリーが、手違いを起こしたというのか。他の出席者も心穏やかではないものの、同じようにホーリーが動いたまでは見ている。だが、ズカウバがいまだ無傷な理由まではわかっていない。  では仕切り直しだ。 「〝超時間の影(シャドウ・オブ・タイム)〟二百倍!」 「〝真空回廊(チャンドラプトゥラ)局面(2)(フェイズ2)」  こんどはホーリーの逆の裏拳が、神速でズカウバを切断した。  茶皿ごと持ち上げたティーカップを、ズカウバは最後まで口もとへ運んでいる。 「ごちそうさまだ。迎えはそろそろ来るべ?」 「……!」  まただ。また外した。おかしい。なにか秘密がある。ただ遅い早いだけの理屈ではない。  悔しげに拳を震わせ、ホーリーはうめいた。 「これは、限定外夢(げんていがいむ)? しかもこれはまさか、物理法則の……!」  限定外夢(げんていがいむ)……これこそは特定の外部空間を、個人の呪力や心象風景で異世界に塗り替えるという神がかった技術だ。この珍しい才能は魔法少女の江藤詩鶴(えとうしづる)も秘めているが、知る者はごくわずかに絞られる。  ホーリーが謎に辿り着く寸前、会議室の外から聞こえたのは新たな声だった。  応急処置を終えたフィア91だ。 「みんな離れて! この時空の歪みを逆行させる……〝赤竜(レッドドラゴン)〟!」  扉にかけられたホーリーの呪いの養生は、みるみる紐解かれた。 「まあ仕方ない。当初の目的のひとつ、カラミティハニーズの壊滅はほぼ完遂した。たったひとり、フィア・ドールは残ったけどさ」  ささやいてホーリーが駆け出した先には、ゆいいつ無人の通路側の出入口がある。相変わらず気品あふれる態度のズカウバへ、ホーリーは苦い面持ちで吐き捨てた。 「もう怒ったよ。わたしの軍隊の出番だ。続きはまたじっくりとね、ズカウバ?」 「おらがおめーを仕留める必要はねえ。おめーはカラミティハニーズに倒される」  残った三方のドアが蹴破られるや、各世界の護衛は会議室になだれ込んできた。 「長官!」 「ご無事で!?」 「ホーリーは!?」  脱出口の扉は開け放たれて揺れ、ホーリーの姿はもうどこにもなかった。
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