第一話「惑星」

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 ホシカとシヅルより早く、砂漠のオアシスにはすでに先客がいた。  その数五名……  うち一機(?)と一匹(?)は各々の切れ味鋭い近距離武装で、新たな放浪者ふたりを油断なく足止めしている。飛び道具と思わしき高圧の呪力を練るのは、その奥で迎撃の陣形に広がった他の〝三人〟だ。だれかひとりでもおかしな動きをすれば、この場が惨たらしい鮮血に染まるのは間違いない。  この砂漠は、やはり異常だった。  なぜかここにいる全員が、そろって同じ格好なのだ。似通った年齢ぐらいに見える女子高生たちは、ことごとく美須賀(みすか)大付属の制服をまとっている。しかしこの未知の空間ではなにが起こっても不思議ではないし、外見だけではなにも信用できない。  まずホシカを鋼鉄の長刀で捉えるのは、端正な目鼻立ちの少女だった。その容貌は洗練された現代的な日本人形とも呼べるし、どこか機械じみた淡白さも秘めている。  ホシカは彼女に見覚えがあった。無駄だと知りつつも、その名を舌に乗せる。 「ミコ……黒野美湖(くろのみこ)じゃん?」 「……はい、そうですが?」  回答に迷いがあったのは、彼女も現状を把握しかねているためらしい。  ホシカの目に間違いがなければ、彼女の肩書きはこうだ。  特殊情報捜査執行局(Feature Intelligence Research Enforcement)Fire(ファイア)〟の人型自律兵器(アンドロイド)であり極秘捜査官(エージェント)、マタドールシステム・タイプSの黒野美湖(くろのみこ)……ホシカとは過去に、強大な悪と戦うために共闘したこともある。  一方のシヅルも、自分を牽制する人物とは初対面ではない。  持ち手から始まる機械の骨組に、神秘的な赤刃を旋回させる彼女……やや血の気はないが日本人離れした美貌は、その片目を眼帯で封じている。  剣呑な面持ちの彼女の名前を、シヅルは口にした。 「エリザベート・クタート……エリーやん。うちがわからんの。うちやでうちうち。江藤詩鶴(えとうしづる)やで?」 「ほう。言われてみれば、シヅルに見えるの。だがホーリーの手駒の古影(ミメット)ではないと、どうやって証明するんじゃ?」  エリーという少女の語調は、妙に老成していた。  それもそのはず、もしもエリザベート・クタート本人なら、彼女は齢五百歳を超える伝説の吸血鬼……いや、吸血鬼の血を吸う特異な吸血鬼〝逆吸血鬼(ザトレータ)〟なのだ。ここにいる彼女が本物であれば、エリーもまたミコと同じ組織(ファイア)の捜査官にあたる。  とはいえ、一触即発の状況はなかなか改善しない。  ふと気づいたのはホシカだった。 「もしかして……」  襲撃者たちの顔を、ホシカは順番に確認した。  あちらで謎めいた二挺の大型拳銃を構えるのは、神経質っぽいメガネの少女だ。他天体の悪魔的な存在に寄生された彼女は、呪われた黒炎の拳銃使い(ガンダンサー)に他ならない。 「染夜名琴(しみやなこと)……」  ホシカに呼ばれ、ナコトは首をかしげて低い声を発した。 「伊捨星歌(いすてほしか)、に見えるな?」  また、あれはなんだ。  ちょっとボーイッシュな雰囲気のあの少女は、かざした指先に強い呪力で編まれた〝隕石〟の輝きを燃やしていた。ひとたび引き金を引かれたその〝結果呪(エフェクト)〟は、猛烈な弾雨と化して外敵を蜂の巣にするだろう。  ホシカとシヅルの驚愕はハモった。 「結果使い(エフェクター)井踊静良(いおどせら)!」 「セラやん!」  困ったように眉根をひそめ、セラはそばの少女にたずねた。 「古影(ミメット)、にしては敵意はなさそうだね。どうやら真贋を判別できるのは、きみだけのようだよ……ルリエ?」 「しかたないわね」  答えたのは、ルリエと呼ばれた最後の少女だった。  そのフルネームをつむいだのは、ホシカだ。 「久灯瑠璃絵(くとうるりえ)……なんで、あんたまでここに?」  得意武器である深海の触手を揺らめかせる少女は、大宇宙の深淵から訪れた地球外生命体〝星々のもの〟だった。もし真の久灯瑠璃絵(くとうるりえ)であれば、さっきホシカやシヅルといっしょにホーリーへ立ち向かい、そして圧倒された張本人ということになる。  ホシカとシヅルへ歩み寄りながら、ルリエは周囲に告げた。 「みんな、いったん下がって。いつでも反応できるように、武器は手放さないでね。ホシカ、シヅル、あなたたちも、手は上げたまま動かないでちょうだい」 「お、おう……」 「その判別っちゅうのは、なにを調べるんや?」  シヅルの疑問に、ルリエは冷徹な顔つきで返事した。 「ホーリーが召喚した過去の亡霊〝古影(ミメット)〟の出来栄えはどこまでも精巧よ。おそらく古影(ミメット)は、死を迎える刹那の本人たちそのものだわ。記憶も戦闘力も、確かに本人たち特有のものを引き継いでる。いまのところ偽物と本物を見分ける方法は、ひとつだけね」 「ちょ、なにすんだ?」  くすぐったげに身じろぎしたのはホシカだった。  いきなりルリエが、制服の肩を脱がしにかかったからだ。かすかに角度を変えたミコの剣光を視線だけで抑え、ルリエはホシカに注意した。 「動かないでって言ってるでしょ。古影(ミメット)と本物を区別する方法はただひとつ……それはつまり、ホーリーに〝自分の意思でついていった〟か〝むりやり本にされたか〟なの」  抵抗をやめ、ホシカはうながされるままに肩口の素肌をさらした。  なににぶつけたのだろう。そこにはくっきりと、重い辞書の角(?)で叩かれたと思われる跡形がついていた。普通の打撲痕と違うのは、そこに独特な呪力が残留している点だ。  押し殺したルリエの吐息は、はたして安堵か緊張か。  ルリエの検分の手がつぎに目指したのは、シヅルだ。  シヅルに関しては、派手に制服の腹部をめくられた。  ホシカと同じく、そこにも大辞典で薙ぎ払われたらしい痣が残っている。こちらも物理的なだけではなく、呪力も混じったダメージだ。 「…………」  まばゆい日差しに負けたように、ルリエは側頭部を指で支えた。  そこらじゅうで、呪力の拳銃が、長刀が、隕石が、血剣が構え直される気配は連続している。ホシカとシヅルの表情も、いよいよ険悪だ。  首を振って、ルリエはそれらを止めた。 「残念だけど〝本物〟よ」  電磁加速射出刀鞘(レールブレイド)闇の彷徨者(アズラット)〟に刀身を納め、ミコは落ち込んだ声をこぼした。 「では、やはり……〝カラミティハニーズ〟は全滅したんですね」  瞳をぱちくりしたのはホシカだった。 「ぜ、全滅ぅ?」
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