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ホシカとシヅルより早く、砂漠のオアシスにはすでに先客がいた。
その数五名……
うち一機(?)と一匹(?)は各々の切れ味鋭い近距離武装で、新たな放浪者ふたりを油断なく足止めしている。飛び道具と思わしき高圧の呪力を練るのは、その奥で迎撃の陣形に広がった他の〝三人〟だ。だれかひとりでもおかしな動きをすれば、この場が惨たらしい鮮血に染まるのは間違いない。
この砂漠は、やはり異常だった。
なぜかここにいる全員が、そろって同じ格好なのだ。似通った年齢ぐらいに見える女子高生たちは、ことごとく美須賀大付属の制服をまとっている。しかしこの未知の空間ではなにが起こっても不思議ではないし、外見だけではなにも信用できない。
まずホシカを鋼鉄の長刀で捉えるのは、端正な目鼻立ちの少女だった。その容貌は洗練された現代的な日本人形とも呼べるし、どこか機械じみた淡白さも秘めている。
ホシカは彼女に見覚えがあった。無駄だと知りつつも、その名を舌に乗せる。
「ミコ……黒野美湖じゃん?」
「……はい、そうですが?」
回答に迷いがあったのは、彼女も現状を把握しかねているためらしい。
ホシカの目に間違いがなければ、彼女の肩書きはこうだ。
特殊情報捜査執行局〝Fire〟の人型自律兵器であり極秘捜査官、マタドールシステム・タイプSの黒野美湖……ホシカとは過去に、強大な悪と戦うために共闘したこともある。
一方のシヅルも、自分を牽制する人物とは初対面ではない。
持ち手から始まる機械の骨組に、神秘的な赤刃を旋回させる彼女……やや血の気はないが日本人離れした美貌は、その片目を眼帯で封じている。
剣呑な面持ちの彼女の名前を、シヅルは口にした。
「エリザベート・クタート……エリーやん。うちがわからんの。うちやでうちうち。江藤詩鶴やで?」
「ほう。言われてみれば、シヅルに見えるの。だがホーリーの手駒の古影ではないと、どうやって証明するんじゃ?」
エリーという少女の語調は、妙に老成していた。
それもそのはず、もしもエリザベート・クタート本人なら、彼女は齢五百歳を超える伝説の吸血鬼……いや、吸血鬼の血を吸う特異な吸血鬼〝逆吸血鬼〟なのだ。ここにいる彼女が本物であれば、エリーもまたミコと同じ組織の捜査官にあたる。
とはいえ、一触即発の状況はなかなか改善しない。
ふと気づいたのはホシカだった。
「もしかして……」
襲撃者たちの顔を、ホシカは順番に確認した。
あちらで謎めいた二挺の大型拳銃を構えるのは、神経質っぽいメガネの少女だ。他天体の悪魔的な存在に寄生された彼女は、呪われた黒炎の拳銃使いに他ならない。
「染夜名琴……」
ホシカに呼ばれ、ナコトは首をかしげて低い声を発した。
「伊捨星歌、に見えるな?」
また、あれはなんだ。
ちょっとボーイッシュな雰囲気のあの少女は、かざした指先に強い呪力で編まれた〝隕石〟の輝きを燃やしていた。ひとたび引き金を引かれたその〝結果呪〟は、猛烈な弾雨と化して外敵を蜂の巣にするだろう。
ホシカとシヅルの驚愕はハモった。
「結果使いの井踊静良!」
「セラやん!」
困ったように眉根をひそめ、セラはそばの少女にたずねた。
「古影、にしては敵意はなさそうだね。どうやら真贋を判別できるのは、きみだけのようだよ……ルリエ?」
「しかたないわね」
答えたのは、ルリエと呼ばれた最後の少女だった。
そのフルネームをつむいだのは、ホシカだ。
「久灯瑠璃絵……なんで、あんたまでここに?」
得意武器である深海の触手を揺らめかせる少女は、大宇宙の深淵から訪れた地球外生命体〝星々のもの〟だった。もし真の久灯瑠璃絵であれば、さっきホシカやシヅルといっしょにホーリーへ立ち向かい、そして圧倒された張本人ということになる。
ホシカとシヅルへ歩み寄りながら、ルリエは周囲に告げた。
「みんな、いったん下がって。いつでも反応できるように、武器は手放さないでね。ホシカ、シヅル、あなたたちも、手は上げたまま動かないでちょうだい」
「お、おう……」
「その判別っちゅうのは、なにを調べるんや?」
シヅルの疑問に、ルリエは冷徹な顔つきで返事した。
「ホーリーが召喚した過去の亡霊〝古影〟の出来栄えはどこまでも精巧よ。おそらく古影は、死を迎える刹那の本人たちそのものだわ。記憶も戦闘力も、確かに本人たち特有のものを引き継いでる。いまのところ偽物と本物を見分ける方法は、ひとつだけね」
「ちょ、なにすんだ?」
くすぐったげに身じろぎしたのはホシカだった。
いきなりルリエが、制服の肩を脱がしにかかったからだ。かすかに角度を変えたミコの剣光を視線だけで抑え、ルリエはホシカに注意した。
「動かないでって言ってるでしょ。古影と本物を区別する方法はただひとつ……それはつまり、ホーリーに〝自分の意思でついていった〟か〝むりやり本にされたか〟なの」
抵抗をやめ、ホシカはうながされるままに肩口の素肌をさらした。
なににぶつけたのだろう。そこにはくっきりと、重い辞書の角(?)で叩かれたと思われる跡形がついていた。普通の打撲痕と違うのは、そこに独特な呪力が残留している点だ。
押し殺したルリエの吐息は、はたして安堵か緊張か。
ルリエの検分の手がつぎに目指したのは、シヅルだ。
シヅルに関しては、派手に制服の腹部をめくられた。
ホシカと同じく、そこにも大辞典で薙ぎ払われたらしい痣が残っている。こちらも物理的なだけではなく、呪力も混じったダメージだ。
「…………」
まばゆい日差しに負けたように、ルリエは側頭部を指で支えた。
そこらじゅうで、呪力の拳銃が、長刀が、隕石が、血剣が構え直される気配は連続している。ホシカとシヅルの表情も、いよいよ険悪だ。
首を振って、ルリエはそれらを止めた。
「残念だけど〝本物〟よ」
電磁加速射出刀鞘〝闇の彷徨者〟に刀身を納め、ミコは落ち込んだ声をこぼした。
「では、やはり……〝カラミティハニーズ〟は全滅したんですね」
瞳をぱちくりしたのはホシカだった。
「ぜ、全滅ぅ?」
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