時盗理

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 三年も過ぎると十分に話が通じるようになる。笑って、遊んで、良く話す彼女。とてつもなく恐ろしいくらいの生き物だ。こんなに愛せる人間なんて居ないのかもしれない。 「あたち、パパと結婚するの」  この時はつい抱きしめていた。 「誰でも言うことだからそんなに喜ばないようにね」 「俺はあの子を嫁には出さない。ずーっと一緒に暮らすんだ」 「それはまた箱入り娘になるね」  嫁は冗談の様に言うけれど、僕はそう嘘をついているつもりもない。いつまでも彼女の事を見ていたい様な気がしていた。  幼稚園から小学校に上がると彼女はまた成長して話もどんどん増えていた。 「あのテレビのアイドル格好良いねー」  彼女が嫁とテレビを見ているとそんな話をしていたから、僕は気が気ではなかった。そんな事を話すようになるとは思っていた。 「誰だ? 誰の事なんだ?」 「ちょっと、貴方必死過ぎない?」 「そうだよ。パパ。おかしいよ」  全然おかしくなんてない。彼女が僕以外の誰かを好きなんて言うのが恐ろしい。 「今日は学校でみんなと遊んでたら喧嘩になっちゃったんだ」  夕食時の家族の会話だって彼女から話題を振ることなんて日常になっている。もうこの子は赤ちゃんじゃない。それは解っていたけれど、こんなにも人間と言うのは早く成長してしまうのか。 「将来はなんになりたいの?」  嫁と彼女は友達のように良く話す。もちろん僕はその会話をいつだって楽しく聞いていた。 「うーん。ママみたいになんでもできる人になりたいな」 「あれ? パパのお嫁さんになるんじゃないの?」 「なれないじゃん。そんなの昔の事だよ」  まだ十年も生きてもないのに昔とは参った。僕にとってはついこの間の事なのに。 「私は早く大きくなってパパやママみたいになりたいんだ」  その彼女の言葉を聞いて嫁は彼女をギュッと抱っこして喜んでいる。それでも僕は嫁と同じ感情にはなれなかった。寂しい。 「ねえ。あんまり急いで大きくならないでよ」  僕の言葉に彼女はポカンとして言葉もなかったみたい。どうやら意味が解ってないみたいだ。 「どうしてそんな風に思うのかな? 娘の成長は楽しみじゃない?」  答えたのは嫁だったこちらも疑問は有ったみたいで少し不思議な顔をしている。 「これまではそうだったよ。だけどさ、今のこの子は、今しかないんだ。僕はもうちょっと今を見ていたい」 「それは解らないでも有るかな」  どうやら嫁は納得してくれたが、それからも彼女はずっと不思議な顔をしてついにこの話を理解することはなかった。  段々と彼女は成長して身長も高くなる。子供の時間は終わって女の子になっていた。まだまだ甘える彼女だけど、ちょっと人の目も気にし始める。  外出の時に僕と手を繋ぐことなんていつの間にか無くなっていた。昔は彼女から「危ないんだよ」と幼稚園で習ったらしくずっと手を繋いでいたのに。  それでもまだまだ甘えてくれる。家に居るときにはくっ付いて居ることも有って正直邪魔な時も有る。もう小さな子供じゃないんだから。 「もう! 寄り掛かったら、重たいでしょ」  正面から文句を言うのは嫁で、彼女の体重は僕たちが楽々と抱っこをしていたその時とは全然違う。 「良いじゃん。ママのことが好きなんだもん」  そんな事を言うと彼女は逆に嫁にべったりと引っ付いていた。  もちろん僕に対しての時だって有るが、その時に僕は文句を言わないのでこんな会話にはならない。彼女も黙って引っ付いている。  まだ彼女で力で負けることは無い。重たいと言えど抱っこして運ぶ事だってできる。それでも彼女は体力をつけていた。遊びに出かけて一日中走り回ってもまだ元気。それに対して僕や嫁は疲れが残るようになっている。若さというのは恐ろしいところも有る。  いつまでも子供だと思っていたら間違いでもあった。中学に上がると印象はかなり違う。 「聞いて。あの子、外では貴方の事をお父さんて呼んでるんだよ」  嫁から聞かされた話。知り合いの友達親子と会ったときにそんな呼び方をしていたと言う事。  普段彼女は「パパ」「ママ」としか呼ばない。それでも外では格好つけているらしいのだ。 「それで、君の事はなんて呼ぶんだ?」 「うん? そう言えば、私の事は普通にママって呼んでたね」  ただでさえパパと呼んでくれないのかと思うとそれだけで十分にショックなのに嫁との間でそんな差が有ったと知ったなら、それはもう膝から崩れ落ちてしまった。 「大袈裟でしょ。あの子だって照れてるだけだって。私もそんな時期は有ったもん。自分にも心当たりは有るでしょ」 「俺なんかとあの天使の様な子とは違うんだ」  僕は駄々っ子みたいにしてしまうと嫁が、心底面倒そうにしていた。  そしてもちろん彼女にはこの事を聞きただす。 「あのさ、ちょっとママから聞いたんだけど」 「なんの事?」  幼い頃からしたらかなり冷たい返事しか返らなくなっていた。そして僕の方は聞きただすと決心してしまっていたのにそれはもう弱い。 「パパの事を外ではお父さんって呼んでるって」 「お父さんじゃないの?」  彼女は軽くそう言うと笑う。普通に笑いにされてしまった。嫁までそうだなんて話始めるからもうこの文句は続かなかった。僕だけ寂しく落ち込んでしまうしかない。
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