時盗理

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 こんな日々がいつまでも続いてくれたならと思っていた。高校を卒業して彼女は働きたいと言うので家の近所で僕が仕事を見つけた。離したくないから。  それでも彼女は文句を言わない。素直で親と一緒なのも既に照れている様ではない。  けれど、それは残り少ない家に居る時間でしかなかった。彼女はやがて好きな人を見つけて彼氏として僕たちに紹介をした。 「結婚も考えてのお付き合いなのでよろしくお願いします」  非常に好青年だった。いたって真面目そう。若いころの僕よりもだ。それはもう文句の付けようが無い。流石は彼女の選んだ人。だけど、許さなければならない自分が辛かった。  彼女の恋人は、彼女を盗む泥棒ではない。どちらかといえば彼女が泥棒の様な気もする。彼女は僕の「大きくならないで」と言う願いを叶えてくれなかった。でも、それはしょうがない事でも有る。だから泥棒は日々の時間なんだ。 「貴方も意固地にはならないでよね」  挨拶だけで彼女の恋人が帰って、嫁からまず一言目に言われた。 「俺だっていつまでもあの子が子供じゃないって解ってるよ。だからこうして理解しようとしてる。だけど、好青年すぎないかと思うところも有るから」  若干言い訳じみた事を話すがもう時が訪れたのを解っているつもりで居た。 「好青年なのは良い事じゃない。貴方みたいな人だったら考えるけど」  冗談を言う嫁はクスクスと笑っている。どうやら嫁的には彼女の恋人に関して文句は無い様だった。当然僕も彼女が選んだ人を悪く思ってない。人を見る目は有るのだと思う。だけど、複雑なんだ。  挨拶から一年が過ぎると、もう結婚の挨拶となる。 「お父さん。娘さんと結婚させてください」  ありきたりではあるが「娘をください」なんて言われるよりは全然良い。正直な所そう言われたなら反論しようと思っていた。返す言葉がなくて嫁と彼女の方を見てみる。 「ちゃんと返事をしなさいよ」  小声で急かしている嫁と、怪訝な表情の彼女が居る。 「よろしくお願いします」  更に彼女の恋人はお辞儀をしたままで言葉を重ねていた。 「コレって、断っちゃダメなヤツかな?」  これが僕の本心だった。だけどその瞬間に「貴方!」や「パパ!」と二人に睨まれてしまう。冗談だったのかと思っているらしい。僕にとってはどこまでも真実なのに。 「あのね。この子は僕の宝物なんだ。いつまでも僕の子供で傍に置いておきたい。それは解ってくれないかな」 「あのさ、パパ。好い加減子離れもしてよ。そりゃあ嬉しい言葉でもあるけど、私の願いでも有るんだよ」  彼女から説教を言われてしまった。まあ、それは当然だとも思う。彼女の恋人は一年付き合って全く欠点の無い人間だった。結婚するのが僕の娘でなかったらそれは大賛成するくらいの事だから。 「お義父さん。わかります。どのくらい彼女の事を大切に愛しているかを。だけど、それは僕も負けないつもりです。どうか見守ってくれませんか」  疑問符を付けない言い方もだけど百点の回答だと思った。言葉も無くなって僕は「うーん」っと唸ってしまう。 「応えてあげなさいよ」  横からの嫁の言葉にもう観念するしかないのかと思い知らされた。 「解ったよ。だけど、僕の本当の想いを忘れないでくれよ」  もう脱力するしかなかった。それでも僕の目の前で愛おしい彼女が嬉しそうに笑っている。彼女の幸せを願うのになんだか寂しくしかなれない。 「久し振りにあの人の僕を聞いたわ」 「ん? ママ。それどういう事なの?」  彼女の恋人は帰って嫁の彼女が料理をしながら話をしている。僕も近くに居るから聞こえているのに。 「うん。それがね、あの人って普段は自分の事を俺って言うでしょ? だけどね、本当に真実を話す時だけ僕って言うんだよ。多分自分の心の中ではずっと僕って呼んでるんでしょうね」 「それって、案外可愛いね。パパー、聞いてる?」  彼女の話を無視する事なんて僕にとってまず無い。だけど、この時だけは聞こえないフリをしていた。  それからは僕にとって涙が続いた当然結婚式も彼女が家を出るときにも号泣だった。家族はそれに慣れているし、彼女の恋人も慣れ始めた。  愛おしい彼女はとうとう僕のところからいなくなってしまった。
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