時盗理

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 世にも愛らしい泥棒が居た。彼女は僕の大切なものを盗んでしまった。それは彼女と僕の時間だ。  彼女と会ったのはもう二十年以上も前になる。  我が子の誕生の知らせに僕は病院へ急いだ。そこに居たのは紛れもない天使。それ以外有り得なかった。 「一番愛らしいよな」  嫁に言うのは周りに並んでいる子供と比べても自分たちの子供が一番可愛く見えていたから。 「それは親の贔屓目なんじゃないの?」  そんな事はないと信じていた。明らかにほかの子とは違っている。その子の見つめる瞳は透き通っていて未来を見ている。小さな人形の様な手は僕の指をつかんで離さない。  僕はこの時に彼女に指ではなくて心をつかまれていた。 「俺はこの子のためなら死ねるかも」  やがて彼女もテクテクと危なっかしく歩くようになった。赤ちゃんの時とは違って明らかに僕に向かって笑顔を見せている。手を広げるとおぼつかない足取りで真っすぐ僕のもとに訪れた。 「パパのことが好きなんだねー」 「全く、親バカなんだからさ。ほらご飯の時間だよー」  彼女は僕たちの愛情を全て受けて成長していた。嫁も僕もこの子が愛らしくてしょうがない。  また暫くしたら彼女は今度、言葉を覚え始めた。「まんま」とご飯の事なのかママと言いたいのか解らない言葉から始まった。それでも「パパ」と言うのは直ぐに聞き取れた。  この時の僕がどれ程嬉しかったのかなんて言葉に形容できない。この為に僕は生きている。彼女の成長が待ち遠しい。今はまだ名前や単語を言うだけだけれど、そのうち会話もできるようになるのかと思うと楽しみでしかなかった。
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