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最終話:明日を落としても
----- 七年後 -----
先に目を覚ましたのは、半井ゼンジの方だった。望月リクは、いつものようにゼンジの胸元に頭をくっつけ、猫のように身体を丸めて穏やかな寝息を立てている。
「リク。おはよう」
ゼンジが囁いてリクの頭にキスをする。うーんと伸びをしながらTシャツに手を伸ばしたリクが、顔を埋めてゼンジの匂いを嗅いだ。安心しきった表情で再び眠りに落ちてゆく。
これが、俺たちの日常。
二人で暮らし始めて、二年目になる。
「――……今日……まあいいや。メシ作ってくる」
ゼンジは、ベッドから立ち上がると、Tシャツを脱いでボクサー一枚になった。ベッドへ落ちたTシャツに、リクの細い腕が伸びる。そうしてシャツを抱きかかえると「すぐ起きる……」と寝ぼけた口調で、ゼンジに向かって甘えた声を出した。
一緒に暮らし始めた頃は、このTシャツ一枚でも揉めた。生地がチクチクして嫌だ、と脱ぎだがるゼンジと匂いに拘るリク。これで喧嘩になり、オーガニックコットンのTシャツを買ってきたリクが「これなら文句ないだろ!」とゴリ押しで勝利した。
シャワーを浴びて、新しいTシャツを着たゼンジがキッチンに立つ。慣れた手付きでハムエッグを作りながら、トースターレンジに食パンをセットした。
リビングと部屋を隔てるドアから、ゴンッと小さな物音が聞こえる。
リクの右目は、あれから視力が著しく低下して弱視になってしまっていた。七年経つので、左目だけの生活にも慣れてはいた。しかし寝ぼけたり酔っ払ったりすると、未だに距離感を誤ってしまう。
火を止めて、ドアを開けてやったゼンジに向けたリクの右目は、軽い外斜視になっていた。手術すれば、外斜視は治ると言う。しかし、リクは拒否し続けた。
それはそれで妙な色気のある目元なので、ゼンジは好きだったが。他の男も同じなんじゃないかと思うと、落ち着かなかった。もっとも、リク本人は「ゼンジが思ってるほど俺はゲイ受けしない」とそっけない態度であったが。
「……おはよ。コーヒー入れる」
いつものようにゼンジのTシャツを捲りあげて、背中の傷痕に小鳥が啄むようなキスをしたリクは、欠伸をしながらコーヒーメーカーの方へ向かっていった。
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