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慌ただしい生活を送る二人にとって、一緒に朝食を食べる瞬間が、何よりも穏やかで幸せな一時だった。
「いただきます」
二人の声が重なる。トーストの上に目玉焼きを乗せ、黄身を潰したリクが口を開いた。
「国試、通りそう?勉強してんの?」
「――……一発で通らなかったら、申し訳ないだろ。お前に」
「てかさ。俺と早く一緒になりたいとか言うなら、歯科医なんか目指すなよ。最短距離とか合理性って言葉、頭にないわけ?」
それは……と言いかけたゼンジは、窓へ目をやると気まずそうにコーヒーへ口をつけた。
まだ高校生だったゼンジが、リクとの関係を親に打ち明けた時、母親と祖母は体裁を気にして大反対した。しかし、本音では知っていたのだ。ゼンジの家系から、時折、同性愛者が出ている事を。
独身を貫いた叔父が亡くなった時に、遺品整理をゼンジの家で行った。遺品は美しい薔薇模様が刻まれたティーカップや、刺繍などで埋め尽くされていた。そして叔父の死を受けて、崩れ落ちるような勢いで嘆き悲しんだのは、叔父のマンションを管理していた壮年の男性だった。
あ……察し。とあの時は、全員がなったものだ。それに、歳の離れた弟妹は置いてきて正解だったとも思った。妹は何故か「薔薇の叔父さん」と生前から呼んでいたが。
「手に職をつけろ。それまでの金なら出す」
ゼンジの父親は、そう言ったのみだった。
手に職……そういやアラタって、歯科医を目指すって言ってたな。予備校にも通い始めてる。家が歯科医なら、諸々詳しいだろうし。
非常に安直な発想で今の進路に飛びついた事を、ゼンジはリクに言えないでいた。
上の空な様子のゼンジに、リクがムッとした表情で呼びかける。
「ゼンジ!」
「――……ああ、ごめん。いや、歯科医を選んだ話してなかったって……」
「何言ってんだよ、今更……アラタの後くっついってったんだろ?同じ大学行ってりゃ、気づくだろ。しっかしさあ……」
マグカップを持ったリクが、キッチンカウンターの方へ身体を捻る。カウンター脇のコルクボードには、アラタと弥生の結婚式招待状が貼ってあった。
「学生結婚にはビビった。実家が太いとやる事、違うよね」
「弥生、お腹の中に子供いるからな」
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