最終話:明日を落としても

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 慌てる(あゆむ)に抱きつきながら、安寧(あんねい)の涙を流し続けた(はるか)は、その三日後に復学した。  (はるか)は現在、看護師としてICUに所属している。戦場のように忙しい現場だったが、それだけにチーム内の結束は硬い。仕事はとても充実していた。それについ最近、同僚の麻酔科医から結婚を前提に告白されたばかりだった。  姉の(あゆむ)はネットを中心に、手芸作家として成功し始めている。 「私もビールのもっかな」  (あゆむ)が、キッチンへ向かって歩いてゆく。その後姿に(はるか)は快活に話しかけた。 「お姉ちゃん、冷蔵庫にハムあるから持ってきてー!」 「それだけでいいの?チーズあるよ」 「あ、じゃあそれも」  姉の手には、おつまみと共に白ワインが持たれている。(あゆむ)の摂食障害はまだ波があるものの、大分落ち着きを見せていた。今では、食卓も一緒に囲んでいる。 「これが自由業の良いところよ。今日は、お休みにしちゃお」 「お、いいねえ。お姉ちゃん、女子会しよ」  忘却を選ぶのも、また一つの選択肢。  七年という歳月は、それぞれが選択をするのに、丁度いい時間なのかもしれない。  たわいない会話を楽しむ姉妹の鈴のような声が、いつまでもリビングに鳴り響いていた。  ◆  引っ越しを控え、既に荷物が運び出されてしまった部屋に、瀬能(せのう)ゴウと飯山(いいやま)ハルキは佇んでいた。約八年、一緒に暮らした部屋だ。ハルキが感慨深げに、空っぽになった部屋を見渡す。ゴウは、チケットとパスポートの確認をしていた。 「なんか、あっという間だったな」 「そだね……二人っきりなら、もう少し違った感じだったんだろうけど」 「ゴウちゃんも、同じこと考えてる?」 「うん、まさかさ。あんなでっかいガキの面倒見ることになるとは、思わなかったじゃん?」  ゴウの勤め先である美容院が、シンガポールへ出店することになったのがきっかけだった。そこの店長に指名されたゴウは、店を辞めて独立することも考えたが、良い潮時だなと思い引き受ける事にした。  ハルキは、会社を辞めた。元よりIT業なので、英語さえ出来ればシンガポールにいくらでも働き口はあった。そして、ハルキは元々英語教師だった。
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