黒いドレスの能力者狩り

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 ーー今日、全てを終わらせる。  能力者全員から能力を奪えば、その中に必ず死者復活の能力はあるはずだ。  自分の命を省みることなく、彼女は深々と決意していた。  乾から真実を聞いたから、というわけではない。  彼女は既に決めていた。  あの日、妹が死んだ日から。その罪を誰かに被せたところで、自分にもっと力があれば、知恵があれば護れたはずだ。だが護れなかった。  底無しの後悔は彼女の足に絡みつく。  「妹よ、これが私からお前へのレクイエムだ」  宙を高く舞い、彼女は駆ける。  「能力者狩りだ」  軍人らは叫び、一斉に銃弾を浴びせる。  彼女は試験管を手にし、中に含まれている赤い液体、つまりは血を飲み干す。  目が赤く染まるとともに、彼女の周囲には黒い霧がかかる。その霧に銃弾が触れると、たちまち銃弾は霧に飲まれ、消失した。  「管理異能(アビリティストック)No.8 闇夜霧影(シャドウデビル)」  珍しく、彼女は好戦的だった。  いつも軍人に積極的に攻撃を仕掛けることはなかったが、今日は違う。  嗅げや霧を操作し、敵の持つ銃を切り刻み、無力化した上で体術により意識を奪う。  「能力者、出てこい」  彼女の叫びに応じてか、二人の能力者が屋根の上に現れる。  青髪の姉妹。  「合技、青い雷光(ブルーインパルス)」  青く輝く電撃が一直線に彼女に向かって放たれるが、紙一重でかわし、距離を取る。  「私は雷儡」  「私は雷礼」  「「能力者狩り、今日であなたの命は貰うわよ。降参するなら楽に死なせてあげるわよ」」  「私は今日で全てを終わらせに来た。今更、死ぬことなんか怖くない」  「「なら殺しましょう」」  姉妹は二人で両手を彼女に向ける。  その刹那、二人の足元に映る影な妙に歪曲し、鋭い刃となって姉妹二人へ斬りかかる。  姉の腹部にかすり傷を負わせる程度。  「鬱陶しい。あなたの能力」  姉妹は彼女へ電撃を放とうと手をかざすが、既に姿はいなくなっていた。  「どこへーー」  彼女はどことない恐怖の気配を感じていた。  相手にしてはいけない者を、相手にしているのではないか。  振り返ると、黒い刃を両手に一本ずつ携えた彼女が冷酷な表情のまま姉妹の首を跳ねる。  「ごめんね。でも私は、私を正当化するために、君たちを悪人と定義づけるしかない。さようなら」  彼女は二人の血を試験管に入れようと手を伸ばす。そこへ炎が駆け抜ける。  咄嗟に後ろへ回避したが、後ろでは無数のコウモリが飛びかかってきている。刃でコウモリを斬り刻むが、キリがない。  その場から離れようと暗い裏路地へ飛び降りるが、そこは軍人の群れが銃を構えて待っていた。  「能力者狩り包囲網は要塞中に張り巡らされた。もうお前はこの要塞から逃れられはしない」  彼女の前に、白衣を着た男が姿を現す。  「はじめまして。僕はバッドエンド」  「随分物騒な名だな」  「能力者狩り、君にはアライブをくれてやるつもりだったが、昨日の事件、いやそれだけじゃない。ほぼ全ての襲撃の際に誰も殺さない。それは君なりの美のつもりか」  「私はただ、もう誰かが死ぬのは見たくない。死んだら、もう戻れない」  私は知っている。  あの日、失った日から。  「なるほど。だから君は死者復活の能力を探しているわけか。そして今日、全ての能力者から能力を奪い取るつもりだったんだろ」  まるで私を知っている。  「僕は全てを知っている。君が現れてからずっと、僕は君に心酔したのさ。能力者の血を飲むことで異能を行使する。そんなクレイジーな発想、僕の研究では思いつかなかったよ。君は天才なんだよ」  「私は、ただの愚者だ。だから、愚かでも進み続ける」  私は試験管に入っていた血を飲んだ。  「管理異能(アビリティストック)No.5 透明人間(ミラージュマン)」  誰からも視認されず、私はこの場から立ち去る。  ーー私は、妹を救う。  私は街中を駆け回り、能力者を捜索する。能力者を見つけるやいなや、その者の皮膚にかすり傷をつけ、血を摂取する。  反撃を受ける前に即座に立ち去り、また次の能力者へと足を進める。  いつもは一人の能力者から能力を奪って終わりだが、今回は全員奪うって決めたから。  死者復活の異能を手に入れるまで、私は止まるわけにはいかないんだ。  これは私の自己満足だ。  妹が喜ぶかなんて分からない。  それが一番怖い。  もし妹に拒絶されたら、何であの時護ってくれなかったのって怒られたら……  でも、もう良いんだ。  私には、もう帰る場所はない。  決別の時。  バッドエンドの物語、私はそれでも構わない。  ただ、最後に妹にーー  既に十二人の能力者から能力を奪っていた。だがこの都市にはまだ百を越える能力者がいる。  私は全てを奪い、終わらせる。  「ーーだから、」  次の能力者を発見し、背後から襲いかかる。  だが、ナイフを振るった直後、空中に薄い氷の膜が形成され、私の攻撃を防いだ。  「なんて反射神経……いや、これは、」  氷を周囲に漂わせる女性はゆっくりと振り返った。  雪景色を描いたような長髪の銀髪に、氷の髪飾りを頭頂部につけている。目は銀色で、見ているだけで凍りついてしまうくらい冷酷な瞳。  「何?」  自分の背後に氷の膜ができていることに驚いていた。  やはりこの能力は自動で発動されていた。  最も厄介な能力者の一人だ。  バイヤーから貰った能力者名簿、そこにはこの都市で最も危険な七人を上げていた。  その一人ーー  「白雪姫の巫女……」  彼女の能力は氷結地獄(ニブルヘイム)。  彼女の周囲を歩いた者は自動的に凍りつき、またあらゆる攻撃を自動で防御する氷の膜を生成する。  また、彼女の攻撃は広範囲兼高威力で、無能力者にとっては最悪の敵だ。  「あら?もしかして透明人間さん?でもあなた、この前能力者狩りに能力を奪われていませんでした?」  気付かれている。  私は咄嗟に立ち去ろうとした。  だがその足音で気付いたのだろうか、手をこちらへ向けた。  「まずい……」  直後、街の一角に巨大な氷山が築かれた。  圧倒的なまでの能力。  私は咄嗟に高速移動(ソニックブーム)の能力が入った試験管の血を飲み、その場を立ち去っていた。  「あいつに構っている暇はない」  「あら?こちらにいらしたのですね」  私の行く手を、巨大な氷の壁が塞ぐ。  「まさか……」  「能力者狩りさん、透明化の能力、私の友人に返してあげてくれないかな」  優しく、穏やかな口調で彼女は言う。その口調には自分の意思は曲げない真っ直ぐな信念があった。  「返答はなしか。仕方ない。実力行使させてもらうけど、良い?」  彼女は両手を私へかざす。  ーーここで死ぬわけには、いかない。  氷の壁を走り、超スピードで彼女の視界から逃れようとする。  だが、彼女は氷の壁をさらに氷の壁で覆い、また氷の壁をドーム状に繋げ、逃げ場を奪った。  「何で……ここまでかよ……」  街頭で薄く照らされたドームの中は暗く、私は路地裏に隠れ、壁に寄りかかり、絶望していた。  あの異常な氷の威力を真っ向から受ければ生きる保障はない。  だからといって、このまま目標を果たさないで死ぬのはーー嫌だ。  後悔が残る。  だから、  ーー戦う。  今持つ能力の中で、彼女に対抗できる唯一の異能を喰らった。  「さあ勝負と行こう、最強ぉぉおおおお」  「そこでしたか」  再び氷山が私へ目掛けて築かれる。かわすことはできたが、今は力を試したい。  正面に両手をかざし、炎を放出する。  「あら、相性が悪いかも」  彼女の氷山は水へ変わり、街が水浸しになっていく。  「あなた、どれだけの異能を奪ったの」  純粋で、天然な性格なのか?  物怖じせず、私へ質問をしてくる。  「相変わらず無口な人ね。でも、それも個性だもんね」  戦闘中に、彼女は何を言っているのか。  「でも、間違ったことをしたら『ごめん』って謝ったり、『ありがとう』って言ってもらえるように頑張ったりして、世界に貢献しなきゃいけないと思うの」  私は彼女へ容赦なく炎を浴びせるが、分厚い氷の壁で防ぐ。  「あなたは人から能力を奪ったかもしれないけど、人は殺してないでしょ。傷つけたりはしたかもだけど」  確かに、私は能力者狩りとして一度も命を奪ったことはない。  だが、妹を殺した。殺したも同然だ。  だからーー  「あなたはまだ更生できると思うの。だから一緒にやり直しましょ」  「うるさい」  火炎を手のひらに圧縮させ、彼女へ向かって放った。  火炎の玉は人一人分ほどの大きさがある上、密度も相当なものだ。氷の壁では防ぎようがない。  「燃え尽きろ」  しかし、彼女は平然としていた。  何か攻撃するわけでもなく、死を覚悟したわけでもない。  では何を……  「スーパーヒーロー君、私を護ってくれるんでしょ」  突如、氷のドームに穴が開き、そこから高校生くらいの青年が超スピードで彼女の前まで舞い降りた。  「さて、俺の必殺のぶん殴り能力を見せてやる」  巨大な火炎を前にして、彼はただ拳を構え、振るう準備をしていた。  「拳で……火炎を?」  最強の七人の一人に、こんな男がいる。  殴った際にあらゆる事象の内から一つを引き起こすことができる。  「飛んでいけ。天に輝く星々まで」  彼は火炎を殴った。  直後、火炎は私の方へと戻っていった。  「う、嘘……」  ただ呆然とし、私は目の前に迫る死を実感することしかできなかった。  火炎を真に受け、ドームを突き破り、空に投げ出された。身も心もボロボロで、もう動けない。  私は激しく地面に打ち付けられ、全身の骨を粉々にした。  痛い、ただそれだけだった。  「ああ……私はもう、死ぬ」  もう動けない。  もう戦えない。  だから、もう諦めた。  妹には、結局会えないまま……  大通りで倒れている私のもとへ、バッドエンドが哀れみを交えた表情で歩いてきた。  「哀れだね。結局君は、この程度だったのか」  「私は……私は……」  「能力者狩り、君の美学は確かに興味深いものだった。能力を奪うために人を傷つけることはあっても、決して殺さない」  ーーああ  死にそうだ。  「せめてもの餞に、僕からあなたへバッドエンドを」  終わりたくない。  でも、もうーー  「さようなら、能力者狩り」  バッドエンドは銃口を私の心臓へ向ける。  「勝ちたい……勝ちたい……私は、」  血に染まった手で、もう一度刃を握りしめる。  失ったものを取り戻すために、これ以上後悔を重ねないために。  「私は、お前に勝つ」  ーー彼女の目は茶色に戻る。  あの日の後悔を、彼女はまだ抱えたまま。  消えない、あの後悔が胸を締めつけて消えない。  苦しいのに、悲しいはずなのに、その痛みから逃れることはできなくて。  だからいつからか能力者狩りとして、能力を奪うようになっていて。  そしていつからか、彼女は世界から恐れられた。  ーー能力者狩り  それが彼女の名であった。  戦う理由があったから。  生きる理由があったから。  生きていてほしい人がいたから。  「私は、まだ……戦える」  傷だらけの体で、ナイフを強く握りしめ、立ち上がる。  血も流れ、意識も遠退いている。  「異能も時間切れか。異能のないお前に、僕は倒せない」  「倒すさ。何度も後悔して、その度に苦しんで苦しんで、足掻いて足掻いて足掻いたから。私はもう、倒れるわけにはいかない」  「なら来い。お前を終わらせてーー」  話している途中のバッドエンドの頭部を蹴り、吹き飛ばした。  「貴様……」  「話している時間は、ない」  彼女は死にかけとは思えないほど俊敏な動きでバッドエンドを翻弄し、目にも止まらぬ速さで動き回る。  「どこにそんな力が!」  「ネバーギブアップってやつだよ。諦めなきゃ、力は延々と漲ってくる」  バッドエンドの銃弾を紙一重で交わしながら、ナイフを振り下ろす。  バッドエンドの顔には傷がつく。  「だから私は、負けないさ」  強がってはいるものの、全身には激痛が走り、動く度に痛みは増す。  でも、彼女は戦う。  「私は、能力者狩りだ」  「生と死の境界線(デッド・オア・アライブ)」  彼女の全身からは血が噴き出し、地に転がった。  「何が……」  「能力者狩り、これで終わりだ」  倒れる彼女に、バッドエンドは銃口を当てた。  「バッドエンドでさようなら」  響く一発の銃声……  滴る血のにおい……  決着はついた…………  もう、物語は終わる………………  ーー多くの罪を重ね、多くの命を奪い、多くの友を失った。  ーー本当に、私の人生は後悔だらけだ。  ーー結局、私はお前に勝手に約束したことすらも、護れなかったのだから。  ああ、バッドエンドだ…………………………
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