黒いドレスの能力者狩り

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 能力者が最初に現れてから六年。  彼女は一体何者なのか、その正体に誰一人としてたどり着けなかった。  ーー石と心の(ハーティア)  町の郊外にある墓場があり、そこを一人の女性が訪れていた。  彼女が足を止めた墓石には、『時貞』と姓が刻まれている。  「(ひいら)、私はまだ、復活の呪文は使えないみたいだ」  「復活の呪文とは、なかなか奇妙なことを言うのですね。速水さんは」  お参りをする彼女の後ろから話しかけたのは、速水と呼ばれた彼女が通う学校のクラスメートだ。  「月山さん、わざわざこんな遠いところに来てくれてありがとう」  「全然大丈夫だよ。速水さんが助けてほしいならいつでも協力するよ」  「本当にありがとう」  速水と月山は墓場を後にし、自分らの町へ向かう。  畑が並び、木製の家屋が建ち並び、野犬や野良猫、白鳥が畑を駆け回って遊んでいる。  「なあ速水、能力者狩りって知ってる?」  「ああ、でも私たちは能力者じゃないし、それに要塞都市にしか現れないんだから大丈夫じゃない?」  「確かにね。でも誰も正体を掴めないってさ、何かカッコ良くて好きだわ私」  月山は能力者狩りに憧れでもあるようだ。  その横で、速水はなんとも言えない表情をしていた。  しばらく歩いていると、図書館が見える。  「ちょっと寄ってかない?」  「良いね」  図書館に着くなり、速水は新聞コーナーのところへ行き、六年前の新聞がある棚を探している。  「何探してるの?」  「確か能力者狩りって六年前に現れたでしょ。六年前の新聞を探してれば何か見つかるかなって思って」  「ロマンってやつだね、速水さん」  好奇心にかきたてられた時、月山の行動力は倍増する。  「さあ、探すぞ探すぞ」  新聞は二週間に一度刷られる程度で、それほど新聞は多くない。二人で探すには十分な量だ。  新聞をペラペラとめくっていると、ある記事で速水は手を止めた。  「もしかして見つけた?」  新聞を覗き込むと、そこには『四郎校舎火災事件』と書かれた記事があった。  「速水さん、その事件って?」  「私たちが通ってる高校は、昔四郎校舎があった。だけど六年前の火事でなくなって、その時に一人の少女が死んでしまった。  火事の原因は放火らしいよ。火事が起こる前、怪しい人影が近辺で目撃されているらしいしね」  なぜ速水がここまで事件に詳しいのか、月山は少し不思議に思っていた。  「そういえばその事件だけどさ、(いぬい)さんも詳しかったよね」  「へえ、乾さんが!」  速水さんはなぜか興味津々だった。  乾は速水らと同じクラスで、二人とはある程度仲は良く、学校ではかなりの人気者だった。  「会いに行こう」  能力者狩りのことは二の次で、なぜか火事の事件を調査することに脱線した。  休日の学校には、部活動の生徒らが残って活動を続けている。  テニスやサッカー、卓球など、様々だが、乾はダンス部のエースを飾っている。  運動神経もよく、顧問からの信頼も厚い。  「乾さん、少し話があるんだけど」  ベンチで休憩していた乾を屋上へ呼び出し、火事の事件について尋ねた。  「速水さんってさ、その校舎の生徒だったんでしょ」  「何で知っているの?」  「その事件のことだけどさ、話すのは明日の放課後で良いかな。それと、二人きりで」  月山に聞かれてはまずいことなのか、乾は速水に尋ねた。速水は迷うことなく承諾した。  その日の夜、能力者狩りは現れなかった。  一夜明け、この日、六時間目の水泳が終わり、女子更衣室で速水、月山、乾の三人は着替えていた。  「はあ、にしても疲れたね」  月山はスクール水着を脱ぎ、洗濯物を畳むようにコンパクトにし、鞄にしまった。  綺麗好き、その言葉がよく似合う。  「水泳って面倒ね」  三人は鏡で自分の容姿を確認しながら着替えていく。  赤色の髪を揺らしながら、速水はスクール水着を慣れた手つきで脱いでいく。鏡を見つめる速水の赤い瞳は、少し悲しそうにしていた。  月山は黒髪をタオルで拭き、体の水滴を一粒も残さず拭い取っていく。  乾はというと、灰茶色い髪を後ろでポニーテールに束ね、茶色い瞳で鏡に映った自分の姿を凝視している。  タオルで上半身は隠しているものの、所々からはみ出る体を、速水はどこか気になった様子で見ていた。  「そうか。やっぱ、お前だったか」  誰にも聞こえないように、思わず言葉がこぼれた。  着替えも終わり、学校も終わる。  放課後を迎え、速水と乾は二人で屋上へ行く。月山は一人下校する。  「なあ乾、お前が火事の犯人か」  「何でそう思ったの?」  「さっきの着替えでタオルで隠していたが、火傷の跡が見えてな。それほどの火傷は日常で負うことはない」  「…………」  「乾さん、いや、乾」  目を背ける乾と向き合い、  「どうして、どうして私の妹を見殺しにした」  感情的な、残響のように声が屋上に木霊する。  滅多に感情を表に出さない速水は、珍しく思いを露にしていた。  「十二歳だったうちは、ただの臆病者だった。人から好かれるのも、人から嫌われるのも怖かったうちの居場所は、真夜中の誰もいない校舎だけだった」  過去を鮮明に思い出しながら、彼女は忘れもしないあの日の出来事を語り始める。  「あの日、うちは花火を持ち、一人で遊んでいた。そこに君の妹が現れて、うちも花火がしたいって言ってきた。うちは二人で花火をして、その日は楽しかった。だけどーー」  その日の彼女の目に映ったのは、燃え盛る校舎だった。  消化不十分だった花火が校舎に引火し、火事を起こした。  「どうして……」  呆然としていたために、妹が火事の中に飛び込んだことに気付くのが遅れた。妹はそのまま燃え盛る校舎の中で黒焦げになり、やがて灰になった。  「速水、ごめん……」  「…………」  速水は一言も発さず、その場を後にした。  後悔が漂う空気に、二人とも耐えられなかったのだろう。  ーーねえ知ってる? 要塞都市の能力者の中に、死んだ人間を生き返らせる能力を持つ者がいるんだって。  ーー能力を奪う? 能力者を殺して、その血を飲めば良いんだよ。そしたら能力は一時的にだけど自分のものになる。  ーーでも気を付けてね。要塞都市には人の生死を自由に操る能力者もいるから。  「それでも、私は決めたんだ」  要塞都市を囲む巨大な壁の上に立ち、彼女は呟く。  「私は、私が幸せであればそれで構わない。だって私は、そういう人間だ」  能力者狩りは黄昏に頷く。  ここへ来る数分前、彼女は自宅であることをしていた。  赤色に染めた髪も水で洗い落とし、赤いカラーコンタクトも外した。  黒い帽子に黒いドレス、黒い刃を携えて、太ももには異能をストックする試験管を装備する。  「柊、待っていろ。必ず私が、お前を生き返らせてやるから」  時貞速水、彼女は能力者狩りとして、要塞都市へ向かう。  ーーこれは、亡き妹へのレクイエム。  ーーそして、復讐である。
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