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小さな蝶が、ちらちらと草花のあいだを通り過ぎる。森の奥で小鳥の囀る声が響いた。
その静けさが胸に沁み込み、すっと気持ちが鎮まっていく。
『ルイなら大丈夫』
昨晩、ノートの隅に書き殴られたその文字を、確かめるように何度もなぞった。
ユリウスの文字だ、とすぐにわかった。肩に掛けられていた毛布も、ユリウスがやってくれたものだと。
『大丈夫。大丈夫』
呪文のようなその言葉を、何度も胸の中で繰り返した。
でも――僕は何も大丈夫じゃない。
膝を抱え、顔を埋めた。
「……自分の従弟が、こんなに情けない奴でがっかりした?」
「えっ、何で? そんなふうに思ってないけど」
心底意外そうにユリウスが声を裏返す。
「あの偉大なル・グランの孫が何の取り柄もないなんて、ふつう誰だってがっかりする」
「だから俺はがっかりしてないってば」
ユリウスの呆れ笑いが静かな森に響いた。
「――ユリウスがつぎのル・グランだよ。自分だってそう思うだろ?」
もう、それでいいような気がしていた。そうすればこの重責から解放され楽になれる。
「僕は一生、ただのルイで構わない」
反応を待ってみたが、ユリウスは何も言わなかった。
ふいに、頭に何かが触れる感触がした。顔を上げると、ユリウスが腕を伸ばし、髪に指先を滑らせていた。
「……だから、気安く触るなってば」
「ぎゅっとしてやろうか?」
反射的に腕を振り払う。ユリウスが困ったように眉尻を下げた。
「……ルイは、大丈夫だって」
その言葉が、心の内側を逆撫でした。
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