定形外。

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いつもきちっとしている斎藤が、いつも通りきちっとして歩いている。 襟元が乱れたことはない。髪もしっかり結われていて、背筋もぴんとして涼やかだ。 「あの人が取り乱すことなんかあるんだろうか」 縁側で団扇をぱたぱた、隊士たちが遠くをゆく斎藤を見つめて首をかしげていた。 「それでいえば、」 隊士のもうひとりが、そんな斎藤の隣をゆく沖田を見やる。 いつも口を開けば冗談が出てくる沖田は、いつも通りのさのさした風で悠然と歩いている。 いや、恐ろしいのは沖田の場合、斎藤に近づく隊士をいびる時ですら、顔だけはニコニコしてるところだが。 斎藤も沖田も、稽古や仕事、その他必要な時には厳しく叱咤するが、 それ以外の時は、あの通り、至って温和。 「あの二人が、取り乱すことなんか無いんだろうな」 隊士たちは、そう結論づけた。 その日の夜。 「・・・・・沖田」 二人の相部屋から、何やら不穏な斎藤の震え声。 「これはどういうことか、説明してもらおう」 かなり険悪な声音である。 もっとも、幹部連のうちの一部屋、平隊士は斎藤の今の声を聞くはずもないが。 右隣は廊下の壁、左隣は原田と永倉の部屋だが、二人は巡察で居ない。 喧嘩も情事もやりたい放題。 ・・・とばかりに、まずは喧嘩でもはじまるのだろうか。 「何って。見りゃ分かるだろ、男体盛り一式」 「・・・・」 斎藤の拳がわなないている。当たり前だが。 沖田はそんな斎藤の前、飄々と笑う。 「今日は隣が居ないからね。今夜ぐらいはたっぷりおまえを可愛がってやろうかと」 「・・・・・どうすると、”可愛がる”なんていうおぞましい言葉が出てくるんだ」 斎藤の手が、脇差の柄を掴み。 「おまえの頭をかち割って、その言葉の出所を探ってやろうか」 沖田が肩を竦めた。 「・・おまえの言葉のほうが、よっぽどおぞましいと思うが・・・」 いや、それはそうと沖田の”可愛がる”発言、 そもそも言葉の出所は頭からっつうよりか、下半身からである。 以上、余談。 「せっかく料亭から取り寄せたんだ。いーから、さっさと始めようぜ」 どんな料亭だと、男体盛りの注文に応じるんだろうか。 「よくないから始めん」 斎藤はとにかく取り合わない。 「まあ、そう言わず。ほら、おまえがもたもたしてると、刺身が悪くなっちまうだろ」 「知ったことか。さっさと食って寝ろ。俺は絶対やらん」 「しょうがねえな、おまえが寝付くまで待つか」 「は・・?」 「寝てるところを、やらせてもらうよ」 斎藤の眼が鋭く細められた。 「・・・・表、出ろ」 「なに、表で盛るわけ?大胆だね」 「この・・っ」 斎藤の脇差が鞘走り、 目にも留まらぬ抜き打ちをかけた。 飛び下がった沖田が、 どうも、こちらは・・・・にやけている。 自分にだけ見せられる、こんな斎藤の姿は、沖田に言わせると悦なんだそうで。 べつに斎藤は、見せてやりたくて見せてるわけじゃあない。ムリヤリ憤慨させられているもいいところなのだが、そんな過程はどうでもいい沖田、 「わかった、悪かった」 とにかく斎藤の秘蔵の姿を見れて、今夜も満悦である。 「悪かったよ」 後は、もうひとつの乱れ方、 そちらを拝ませてもらおうと、懐柔に向かうが。 「今度という今度は許さん!」 調子のりすぎましたね、沖田さん。 「絶対に許さん!表へ出ろ!」 斎藤さん許しません。 さらなる剣閃が二人の相部屋を縦断し。 「ォわ!待った!おまえ、どわッどこまで本気だッ」 「おまえを仕留めるまで本気だっ!!」 「斎藤君、私闘禁止!」 「私闘じゃない、征伐だ!!」 「待て、悪かったッ、よせッ」 逃げ回る沖田。 「首を出せ!!今日という今日は斬ってやる!!」 取り乱す斎藤。 「ぎえええええ!!」 取り乱す沖田。 とても平隊士たちには想像ができない二人の活劇が、夜の屯所の一角で今夜も繰り広げられている。 そういうわけで、そんな頃。 隊士大部屋では昼間の隊士たちが、夜空を見上げていた。 「想い合っていて、心穏やかで」 「あんな二人のようになりたいな」 うっとりと。
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