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それからどれ程の時が流れただろうか、二人の来訪者の背後で低い唸り声が聞こえた。
黒髪の青年がそちらに視線を向けると、大きな熊が繁みの中へ消えていくところだった。
黒く大きな塊が完全に視界から消えたのを確認してから彼は弓を下ろし、二人の来訪者に近付いた。
「奴はこの森のヌシだ。毎年何人か殺られてる。どうやらあんた達の血の匂いにつられて出てきたみたいだな」
その言葉が終わらぬうちに、黒髪の青年の背後にいた人物が膝をつく。
「……殿下?」
「大丈夫。少し、驚いただけだ」
彼はしばし二人の来訪者を見比べていたが、額に巻いていた布をほどく。
と、その額の古い刀傷があらわになった。
言葉を失う『殿下』のそばに彼はしゃがみこむと、血の滲む二の腕にその布を巻きながらつぶやく。
「……よくもまあこんな状態で……」
彼の言葉に、殿下は苦笑を浮かべる。
「一刻も早く……行かないとならないから……」
「遅れはいずれ取り戻せるけれど、命は無くなったらそれっきりだぜ。それに、あんたに着いてくる奴のことも考えてやれよ」
そう言うと、彼はおもむろに殿下を背負った。
制止しようとする黒髪の青年に、彼は笑った。
「あんたがこの人を背負ったら、誰がこの人のために剣を振るうんだ?」
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