泥棒 その1

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

泥棒 その1

 あれは一ヶ月くらい前、刑務所を出所したばかりで、獄中作業で稼いだ数万円しか持っていない俺は、コンビニで求人雑誌を読んでいた時のことでした。  何で捕まったのかは後で話すとして、俺の気概、ポテンシャル、スキルに合致する求人は、どの求人雑誌の何ページ目にも見つからず、ため息混じりで雑誌を棚に戻した。  そして、気分転換に他の雑誌でも見てみようと思った。  数年間、刑務所の中にいたことで世の中に疎くなっていた俺は、社会勉強を兼ねて立ち読みした、その雑誌で目にした『卒塔婆』みたいな漢字の羅列に首を傾げた。 「断捨離?」  最初は麻雀の役かと思ったが、そんなものが奥様向けの婦人雑誌に載っているはずがない。  てか、なんて読むんだ、これ?  コンビニの店員に「なんて読むの?」って聞いたら断捨離と書いて、ダンシャリと読むそうだ。いや、買わないよ。  なんでも最近、ミニマリストという物を持たない主義の奴らが流行っていて、そいつらが使えるコマンドなのだという。教えてくれてありがとう。ううん、買わない。  しかし、その時の俺は「ふーん」と鼻にもかけずに雑誌を本棚に戻し、コンビニを後にした。  しかし、その帰りの道。  道端で立ち話をしているオバさん二人の会話が耳に入ってきた。 「うちも断捨離しなきゃって思うんだけどさぁ、なかなか自分じゃ捨てる勇気が出ないのよねぇ。もしかしたら、どこかで使うかもって思っちゃって」 「あら、ウチもよ! もう、物が溜まっていく一方で困っちゃうわよ」  そんな会話を尻目に「本当に流行ってるんだな。何もない部屋がいいなら、俺のアパートと交換してくれりゃいいのに」と思いながら横を通り過ぎようとした時だった。 「本当、寝てる最中に、泥棒でも入ってきて要らないものだけ持って行ってくれないかしら」  その言葉を聞いた瞬間、俺の体に稲妻が走った。  そう、俺の職業は泥棒だ。  庶民が寝静まった夜中、家に忍び込み、その家の金品を盗んで去って行く。それが俺の仕事だ。そして逮捕された理由だ。  そのオバちゃんの会話を聞いた時、時代がやっと俺に追いついたのだと確信した。  断捨離と泥棒……めっちゃ相性が良いじゃん。 「これだっ!」と思った俺は、その足で家へ戻り、なけなしの金でスーツを買い、名刺を作り、後日その道で立ち話をしていたオバちゃんを待ち伏せする事にした。  すると、この前のオバちゃんが道の向こうから歩いてくる。俺は髪をセットし、ネクタイが曲がっていないかをチェックして、バッと道から飛び出し、オバちゃんの前に立ち塞がった。  オバちゃんは「ヒェ!」と凄い顔をした。 「よ、よお!」  俺がニコニコと挨拶をするとオバちゃんは怪訝そうな顔を俺に向けた。 「ど、どちら様ですか? お金なら持ってませんよ、私」 「ち、違うんだ。あ、あの、俺、怪しい奴じゃないんだよ! ほら、ちゃんと名刺も持ってるから」  俺は早速作った名刺をババァに差し出した。すると俺がちゃんとした人だと分かったのか、少し警戒が解けた。 「あら、泥棒さんなの、アナタ?」 「そうなんだよ! 実はさ、オバちゃんに良い話があるんだよ!」 「良い話? ハートでも盗んでくれるのかしら?」  出たよ、ババァ。  俺は反応せず、話を続ける。 「あのよ。オバちゃん、この前、この道で別のオバちゃんと二人で話してただろ? 『要らない物が捨てられない』って」 「ああ……確か、そんな事を言ってた時もあったわねぇ」 「だからよ。その要らない物、俺が泥棒して盗んでやるよ!」 「はぁ? それ泥棒じゃないのよ! 警察呼ぶわよ!」  ババァはポケットからスマホを取り出して、警察を呼ぼうとした。 「いや、違うんだよ! 俺は変な泥棒じゃないんだよ。ちゃんとした泥棒なんだよ」 「確かに名刺があるし、スーツも着てるし、ちゃんとした泥棒そうだけど……どういう事よ?」 「だから、俺はオバちゃんが寝てる間に捨てたいけど捨てられないものを泥棒して持って行ってやるってんだよ。オバちゃんは部屋が片付いてハッピー、俺は泥棒できてハッピーだろ? 最近流行りのWIN-WINって奴だよ」 「え? あなたが持ってってくれるの? 要らないものを」 「その代わり、ちょっとの手間賃は貰う。あと、盗んだものは俺が換金する。それでいいか?」  金の話になった途端、オバちゃんは「えええ……」とゴネたそうな声を出し始めた。 「いや、金って言っても、業者とかの半額以下でいいからよ」 「え、ほんと! まぁ、捨てるつもりだった物だし、持ってってくれるなら良いわ、乗った!」 「よし、商談成立だな!」  俺とオバちゃんはガッチリと握手を交わし、泥棒に行く日取りとかを確認した。  そして約束の晩。  俺は指定の時間にオバちゃんの家へ泥棒へ向かった。玄関に鍵がかかっているのを確認し、裏口に回る。  これこれ〜。  オバちゃんが「鍵は開けておこうかい?」とは馬鹿な事を言うから「女が最初から素っ裸なストリップなんかに金が出せるか!」と怒鳴り散らして、玄関もどこかしこも鍵をかけさせた。  この『誰かにバレないだろうか?』というスリルと戦いながら、鍵を開けるギリギリの作業。この緊張感がたまらないのだ。  俺の血が騒ぎ出す。  裏口のドアの鍵を開け、ゆっくりと家に忍び込み、俺は物音を立てないようにオバちゃんが寝ている寝室に向かった。  これこれ〜。 「玄関に捨てるものをおいとけば良いのかしら?」とオバちゃんが気を利かせるものだから「サンタクロースが玄関にプレゼントを置くのか!」と怒鳴り散らし、捨てるモノはオバちゃんが寝ている寝室に置いてもらった。 「お、寝てる寝てる」  寝室に入るとオバちゃんはベッドでイビキをかきながら旦那さんと眠っていた。  そして捨てるモノはオバちゃんの寝ている側に大量に山のように積まれていた。  これが要らないゴミの山か。  まだ着れそうな洋服とか使えそうな健康器具、その他アクセサリー、靴……これ全部要らないのかと、俺は驚いた。  タンス預金という言葉は聞いた事があったが、日本のタンスの中には金どころか、まだまだ宝が山のように埋まってやがる!  俺はその宝の山をオバちゃんを起こさないように静かに外へ運び出した。  この寝ている家人の横を運んでいく紙一重のスリルが堪らない。できる事なら、オバちゃんの横に添い寝して、三十秒くらいオバちゃんの寝顔を見つめていたいくらいだ。  えっさ、ほいさ。  十五分くらいで表に停めておいた軽トラに運び込みが完了し、俺は入ってきた裏口から出て行こうとした。 「ん?」  その時、テーブルの上に何か書き置きがあるのが見えた。  オバちゃんからだった。顔はアバンギャルドだが字は綺麗だ。 『泥棒さん。  夜も遅いのにご苦労様です。夜食のおにぎりを作っておきました。もしよかったら食べて下さい。                            綺麗なお姉さんより』 「ババァ……」  俺は涙が出た。  意外かもしれないが、実は生まれてこの方、ずっと泥棒をやってきて、人から感謝された事なんて一度もなかったのだ。  俺は涙を流しながら、オバちゃんが握ったおにぎりを頬張った。 「オバちゃん……うめぇよ」  美味すぎて涙が出た。 「泥棒やってて良かった」  そう、心から本当に思えた夜だった。  そして冷蔵庫から麦茶を拝借して、俺はその場を後にした。  オバちゃんを元気にしてやるつもりが、逆にこっちが元気を貰っちゃったな。  翌日。  オバちゃんから感謝の電話が朝一番にかかってきた。 「ビックリしたわよ! 本当に起きたら物が全部無くなってたんだもん! あなた、本当に家に入ってきたの?」 「入ったよ! オバちゃんの可愛い寝顔にキスしてやろうかと思ったぜ」 「まぁ! お上手だこと!」 「また、何かあったら連絡くれよ。あと、俺も今、仕事に困ってるから、オバちゃんみたいに断捨離に困ってる人がいたら、俺に連絡するように言ってくれるか?」 「良いわよ。私の知り合いの人、何人かに言ってあげるわ」 「本当か! ありがとうよ! もう、オバちゃん最高だよ!」  それから、俺はオバちゃんが紹介してくれた人の家を泥棒して周り、予想以上の大金と感謝を得る事に成功した。  やっぱり、今の時代、泥棒が一番熱いんだ。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!