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助けようと思ったわけではなかった。本当の本当に、ただ腹が立っただけだ。でも俺は、そのガキ大将に思いきりカンチョーをかまして悶絶させてやると、湊の腕を掴んで廊下を疾走したのである。
ガキ大将が追いかけてこないところまで逃げると、俺は湊に言った。
「おい、何でお前あんな馬鹿に捕まってんだよ。俺からはいつもさっさと逃げるくせに、自慢の俊足はどうしたんだ」
よく見ると、湊の手には何やら紙袋のようなものが。ひょっとしたら、ガキ大将はその紙袋を湊から奪おうとしたのか。
「……僕が逃げたら、さよりちゃん達がいじめられるから」
困惑したように、湊は言った。
「僕がこの漫画を借りてたら、あいつが来て馬鹿にしてきて……さよりちゃんとカナちゃんを殴ろうとしたから、それで」
「それで?」
「あいつの足を踏んづけて逃げたんだ。僕なら逃げられると思って」
「……へえ。やるじゃん、お前。ちょっと見直したぞ」
その言葉はするっと出た。お世辞でも何でもなく、本当に“かっこいいことするな”と思ったのである。女の子を助けるために、こいつは囮になったのだ。
「どんな漫画を借りたんだ?」
俺が紙袋を覗きこむと、彼は慌てたように袋の口を閉じて隠してしまった。が、ちらりと表紙は目に入っていた。タイトルは読めなかったが、キラキラした目の可愛い女の子が描かれているもの。少女漫画のレーベルだとすぐにわかった。
「……は、恥ずかしいから」
ちらっと見られたことに気づかなかったのだろう。皆とは真っ赤な顔で視線を逸らして言った。少女漫画を、クラスの女子から借りる男。不思議なものだ、昨日までの自分なら確実に笑いものにしていただろうに。
その本と女の子を守るために、こいつはガキ大将に立ち向かったのだ。そう思ったら、明らかに見る眼が変わっていた。
「別に笑わねえよ。……そういうのが好きでも別に、悪いことじゃねえじゃん?」
そう言った時の湊の顔は忘れられない。目をまんまるに見開いて、一言。
「……ありがとう。思ってたよりずっと、風見君って優しいんだね」
初めて向けられた花の咲いたような笑顔に。思わず同性ながら、見惚れてしまったのだった。
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