1.婚約破棄

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1.婚約破棄

 二年前。  彼は今と全く同じ姿勢で私に頭を下げた。  私より十三センチ高い百七十五センチの身体を腰から直角に曲げる(さま)は、子供のように柔らかなくせっ気の中の旋毛を私に見せつけているようだ。  あの時は、私のマンションの最寄り駅前で、夜だった。  今は、職場の会議室で、昼休憩中。  あの時は、「結婚を前提に付き合ってください」と言われた。  今は、「別れてください」と言われた。  私は爪の形があまり良くないから、伸ばしたり飾ったりはしない。だが、そんな爪でも、旋毛に刺したら多少は痛むだろう。  そんなくだらないことを冷静に考えてしまうほど、私の心は静かに怒りで渦巻いていた。  二年前は、喜びを悟られまいと冷静を装い、「ありがとう。よろしくね」と微笑んだ。  今は、きっと、能面のような無表情だろう。 「理由は?」  私がそう発するまで十数秒。  (なお)がゆっくりと腰を伸ばす。  やはり、私は無表情だったのか。直が私の顔を見るなり唇を震わせた。  それから、視線を彷徨わせ、瞬きを繰り返し、結局どこを見ているかわからないまま、口を開いた。 「浮気……した」  やっぱり、と思った。  そんな気はしていた。  この二か月ほど、一緒にいてもそれまでよりスマホを気にしていたし、通知音を消していても受信の度に画面が点き、ポップアップでそれがわかった。  経理課の彼が広報課の私の部下とメッセージのやり取りをしていること自体が疑わしかったが、内容はどれも決定的ではなく、気の弱い直が一方的にアプローチを受けているのではとも思えた。  私と直の関係は秘密でも何でもなかったから、知っていて彼にアプローチすること自体が信じられないが、私たちより五歳若い二十四歳には問題じゃないのかもしれない。  結局、クロだったわけだ。
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