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だからと言って、帰ったら電話しろとか、その後で会おうとか言われたわけじゃない。
あ、でも、電話がきたか。
直が時々、とても不安そうに見えることがあったのは、付き合い始めの頃からずっと。
私は直にそんな表情をさせたくなくて、男性との距離には気を付けていたし、メッセージには早めに返信していた。
それで直が安心するのかはわからなかったけれど、私にできたのはそれくらいだったし。
それも、別れる少し前は仕事の忙しさにかまけて、直と距離があった。
そこに、きらりがつけ込んだわけだ。
「バラ、好きだったか?」
バラの向こうで、皇丞が微笑む。
「好き……かな。あまり花に興味がなくて。でも、綺麗だなと思う」
また、余計なひと言を挟んでしまう。
皇丞が相手だと、どうしていつも可愛げのない言葉が口をつくのか。
「プロポーズの時に花束は必要なさそうだな」
「……え?」
バラから皇丞に焦点が移る。
それは、私へのプロポーズ……ってこと?
まさか、と思った。
だから、言った。
「うん。そういう憧れはない」
私の言葉に、皇丞が少しだけ寂しそうに微笑む。
「自己評価が随分と低くなったのがあいつのせいだと思うと、殴っときゃよかったと思うな」
「え?」
ドアがノックされ、支配人と、今度はコックコートを着た男性がワゴンを押して入って来た。
「デザートのカタラーナとモンブランになります」
「どちらも彼女に」と皇丞が手を差し出す。
どちらも美味しそうだから嬉しいけれど、さすがに食べ過ぎではと思わずお腹を押さえた。
ヴヴヴッとバイブ音が聞こえ、皇丞がジャケットの胸ポケットからスマホを取り出す。
発信者の表示を見て、明らかに面倒くさそうに口元を歪めた。
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