5.月夜

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 だからと言って、帰ったら電話しろとか、その後で会おうとか言われたわけじゃない。  あ、でも、電話がきたか。  直が時々、とても不安そうに見えることがあったのは、付き合い始めの頃からずっと。  私は直にそんな表情をさせたくなくて、男性との距離には気を付けていたし、メッセージには早めに返信していた。  それで直が安心するのかはわからなかったけれど、私にできたのはそれくらいだったし。  それも、別れる少し前は仕事の忙しさにかまけて、直と距離があった。  そこに、きらりがつけ込んだわけだ。 「バラ、好きだったか?」  バラの向こうで、皇丞が微笑む。 「好き……かな。あまり花に興味がなくて。でも、綺麗だなと思う」  また、余計なひと言を挟んでしまう。  皇丞が相手だと、どうしていつも可愛げのない言葉が口をつくのか。 「プロポーズの時に花束は必要なさそうだな」 「……え?」  バラから皇丞に焦点が移る。  それは、私へのプロポーズ……ってこと?  まさか、と思った。  だから、言った。 「うん。そういう憧れはない」  私の言葉に、皇丞が少しだけ寂しそうに微笑む。 「自己評価が随分と低くなったのがあいつのせいだと思うと、殴っときゃよかったと思うな」 「え?」  ドアがノックされ、支配人と、今度はコックコートを着た男性がワゴンを押して入って来た。 「デザートのカタラーナとモンブランになります」 「どちらも彼女に」と皇丞が手を差し出す。  どちらも美味しそうだから嬉しいけれど、さすがに食べ過ぎではと思わずお腹を押さえた。  ヴヴヴッとバイブ音が聞こえ、皇丞がジャケットの胸ポケットからスマホを取り出す。  発信者の表示を見て、明らかに面倒くさそうに口元を歪めた。
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