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「悪い。食べてて」
立ち上がった皇丞は部屋の隅に向かって歩きながらスマホを耳に当てた。
「お食事はいかがでしたでしょうか」
コックコートを着た、四十代半ばくらいの男性に問われ、私は背筋を伸ばす。
「とても美味しかったです。うまく表現できませんけど、こんなに美味しいお料理は初めてです。特に、ローストポークがとても気に入りました」
「ありがとうございます。地産豚を使っておりますので、鮮度には自信があるんです」
私と皇丞のカップにコーヒーを注いだ支配人は、一礼して先に部屋を出て行く。
コックコートの男性が残っていることが不思議で、思わず彼と顔を見合わせる。
「彼から聞いていませんか?」
「え?」
「私、平井美嘉の兄です」
「え? 平井さん!?」
「はい。妹がいつもお世話になっております」
「いえっ、こちらこそ」
言われてみれば、笑った顔が似ていると思わなくもない。
「皇丞には顔を出すなと言われたんですけどね? あいつが無理を言うなんて初めてだったので、どんな女性を連れてくるのか楽しみだったんですよ」
「知り合い……ですか? でも、ここは友達のお兄さんの奥さんの――、あれ?」
皇丞が言ったことを復唱しようにも、こんがらがる。
平井さんがククッと笑う。
その表情は、確かに妹さんに似ている。
「皇丞の友達って言うのは栗山のことですね」
「栗山……課長?」
確かに二人は友人だ。
「栗山の兄の嫁が、美嘉です。そして、その兄が私」
「え!? でも、平井さんは――」
「――職場ではずっと旧姓を使ってますし、多分、社内で栗山と親戚関係にあることを知っているのは皇丞と数人くらいじゃないかな」
旧姓……。
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