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「晋太、余計なこと――」
「――可愛い坊ちゃんがそんな汚い言葉を使うなんて、私の育て方が悪かったのでしょうか」
甲高い裏声でそう言いながら、平井さんは手で涙を拭う真似をする。
「って感じで? 皇丞は静江さんに泣かれると弱いんだよ。本当に泣いてるわけじゃないってわかってるのに」
「いや、あれはマジ泣きだ。嘘泣きだと思って無視したら、正面切って大粒の涙を流されたことがある」
「お前……やっぱ坊ちゃんだな」
「はぁ!?」
思いがけないところで皇丞の弱みを握れた気がする。
彼を騙す時は目薬を仕込もう。
皇丞と平井さんがわいわいと話している間に、私はぺろりとデザートを平らげた。
食べられるかなんて心配は全くの杞憂で、あとひとつずつは食べられそうなほど別腹な美味しさだった。
さすがにベルトが少し苦しいけれど。
終始笑顔で話をして、平井さんは「また来てね」と手を振って出て行った。
私と皇丞は支配人にお礼を言い、店を後にした。
皇丞の車の後部座席は荷物がいっぱいだから、運転代行の人に車をお願いして、私と彼はタクシーに乗った。
急に皇丞のスマホが何度も唸り、彼はメッセージを確認する。
私は帰り際に支配人の手によって包まれた、三本のバラの意味をスマホで調べた。
『愛しています』
泣きそうに、なった。
平井さんが教えてくれなければ、私はこの意味に気づかなかった。
皇丞の想いにも……。
マンションの前でタクシーを降りると、ちょうどマンションの向かいの三階建てアパートの上に月が浮かんで見えた。
満月ではないけれど、最後に見たのがいつかも思い出せない満月よりも美しく見えるのは、握りしめた三本のバラのお陰だろうか。
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