5.月夜

30/30
前へ
/427ページ
次へ
「月が綺麗ですね」  素直な感想が音となる。  皇丞が振り返って見上げる。 「ああ。そうだな」 「私は……本当に月が綺麗だと思ったら、きっと隣に誰がいてもそう言うと思う」 「……?」 「私の言葉に裏なんてないから」 「なにが言いたい?」 「月が綺麗だと思えばそう言います」 「うん?」 「あなたを愛していると胸を張って言える時がきたら、そう言います」  首を回して皇丞を見上げると、彼もまた体の向きは変えずに私を見下ろした。  いつになく緊張して見えるのは、私が緊張しているからか。 「バラ、ありがとう」 「ああ」 「デート、も楽しかった」 「ああ」 「食事も美味しかったし――」 「――梓」  試すようにゆっくりと、彼の顔が近づいてくる。  私は目を閉じた。  目尻から涙が一粒だけこぼれた。  初めてのキスじゃない。  だけど、あまり記憶にないファーストキスの時よりもドキドキしたと思う。  そっと、本当にそっと触れ合う唇。  生温かい風に髪がなびく。  道行く誰かに見られているかもしれない。  いい大人がと囁かれているかもしれない。  でも、いい。  だって、大人にだって、我慢できない時がある。  どうしても今すぐにキスをしたい時がある。  だけどやっぱり大人だから。  皇丞はすぐに唇を離して、代わりに私の手を握った。 「待ってるよ」  隣に彼がいなくても、私は月を綺麗だと思えるだろうか。  ふと、そんなことを思った。
/427ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25781人が本棚に入れています
本棚に追加