6.乗っ取り

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6.乗っ取り

「あ。梓ちゃん」  思わず周囲を見回す。私以外、女性はいない。  ひらひらと手を振って近づいてくる栗山課長が呼んだ『梓ちゃん』とは私のことのようだ。 『ちゃん』づけで呼ばれたのなんて、もう何年前か。くすぐったい。 「お疲れ様です」 「お疲れ~」  栗山課長は今日もボサボサの頭に無精ひげ。 「ね、お茶、いつにする?」 「え?」 「お茶しようって言ったでしょ?」 「ああ……」  すっかり忘れていた。 「ひどいなぁ、忘れるなんて」と言いながら、課長が髪をかき上げた。ボサボサ感が増す。 「はぁ……」 「皇丞に怒られちゃう?」 「どうでしょう……」 「怒るね、きっと」  そう思うなら、なぜ誘うのか。 「でも、ま、いっか」 「え、いいんですか?」 「うん。女のことで怒る皇丞なんて、レアだから見てみたい」 「はぁ……」  お茶しなくても、その言葉で怒りそうだ。 「俺の梓に手を出すな! とか言ってる皇丞、ウケる」 「言わないと思いますけど」 「え、言わないの!?」 「多分……」 「つまんなっ!」  掴みどころがないが、面白い人だ。 「あ、じゃあ、失礼します」  私はぺこりと頭を下げた。 「えっ!? お茶は?」  冗談かと思いきや、本気のようだ。 「私とお茶する時間は、お風呂に入ってぐっすり眠ることに使った方がいいと思います。とてもお疲れのようですから」 「へっ……?」 「体調管理、大切ですよ」 「梓ちゃんとお茶したら、元気になるよ」 「気のせいです」 「いや――」 「――っく、くくっ、あははははっ!」  笑い声のする方に目を向ける。栗山課長の背後の、休憩スペース。 「木曽根さん、サイコー」 「平井さん」  平井さんが片手にミルクティーのペットボトルを持ち、片手はお腹に当てて笑いながら顔を出す。 「欣吾(きんご)、ダサいよ」  栗山課長はボリボリと髪を掻きむしる。  そうだ。  この二人は義姉弟。
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