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「――どうしてあのレストランのシェフが平井さんのお兄さんだって教えてくれなかったんです?」
皇丞が一瞬だけ視線を彷徨わせ、私の肩から手を離した。
「普通に教えたんじゃ面白くないだろ? ほら、仕事に戻るぞ」
皇丞は手に持っていた缶のコーヒーを振りながら、デスクに戻って行った。
平井さんがまた、クククッと肩を揺らしている。
「部下に頼んで予約を取ったなんて、格好悪くて言いたくなかったのよ」
「そうなんですか?」
「多分ね。東雲くんと兄、しばらく連絡とってなかったし、いきなり無理言って店の予約を取るのに気が引けたんでしょ。私から兄に話を通して、それから自分で連絡したの」
「格好悪いことですか? 友達の兄の嫁の兄、とか言われる方がわけわかんなくてどうかと思いますけど」
「ふふっ。男ってバカよねぇ。けど、そんなしょーもないこと気にしちゃうくらい、梓ちゃんの前では格好つけたかったんでしょ」
そう言われれば悪い気はしないが、やはり格好をつける方向性がイマイチだ。
三本のバラは、嬉しかったけれど。
「で? 兄の店の料理はどうだった?」
「すっごい美味しかったです! ホント、芸術って感じで。食べ終わるのがもったいなくて、皇丞に笑われちゃいました」
「……皇丞、ねぇ」
社内なのに思わず呼び捨ててしまったことにハッとして、口を噤む。
平井さんはニヤリと笑うと、その口元を手で押さえた。
「順調そうで良かった」
「……さ! 仕事に戻りましょう」
ふいっと顔を、今皇丞が歩いて行った先に向ける。
「そうね。午後は梓ちゃんの企画の会議だもんね。年末の別冊付録一冊なんて、気合も入るわよね」
「はい!」
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