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平井さんと話しながら歩いていると、女性用のトイレの前にきらりが立っていた。
廊下から入り口が死角になるように少し奥まっているから、いることに気が付かなかった。
きらりは私をじっと睨みつけ、それからわざとらしい笑顔を作った。
「お疲れ様で~す」
「お疲れ様。林海さん、今日は休みじゃなかったの?」と、平井さんが聞く。
「はい。朝はちょっと体調が良くなかったんですけど、休んだら良くなったので。あ、木曽根先輩! 午後の会議、私も出ていいですよね?」
「え? うん。いいけど……」
「ありがとうございま~す」
スキップでもしそうな軽やかな足取りで、エレベーターとは反対方向に歩き出す。
広報課に戻るなら、エレベーターで下りる必要がある。
彼女が向かった先にあるのは、営業部。
「なに、あれ」と平井さん。
「さぁ……?」
きらりは基本、面倒くさがって企画会議には参加しない。
彼女自身は担当を持たないし、人の企画を聞いてもつまらないらしい。
それを許す部長もどうかと思うけれど、やる気のない人が参加することに意味はないからと、暗黙の了解として誰も何も言わない。
「ま、いっか。あ、会議の準備で手伝うこと、ある?」
「いえ! 準備は万端です」
「おお、意気込み十分」
家でも、皇丞に根を詰め過ぎだと言われるくらい頑張って企画書を仕上げた。
少し浮かれた気分だったからか、そうじゃなくても気づかなかったかもしれない。
背中を射るのがきらりの視線ではなく銃口だったら、間違いなく死んでいた。
いや、きらりの視線に殺傷能力があっても死んでいた。
そのくらい、可愛い顔を般若のように歪ませて私を睨むきらりに気づかなかった私は、もちろん、彼女の思惑にも気づく由もなかった。
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