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「林海さん」と、穏やかな低い声できらりを呼んだのは、沖課長。
皇丞がいればきらりを諭すのは彼の役目だったが、いないとなると立場的に沖課長。
彼は確か四十代前半で、三年ほど前に地方支社から異動してきて、同時に課長に昇進した。
丸いフォルムと少し薄い頭髪のせいで、五十代に間違われることもあるようだ。
「今回の企画の方向性は、我々の一存で決められることじゃないんです。雑誌のコンセプトは前回の会議でも――」
「――でも!」
いい大人が会議で『でも』を連呼する。
こんな子が母親になると思うとゾッとするのは私だけだろうか。
「いいものを作るためには妥協しちゃだめだってパパ――専務もよく言ってますよ? あ、知ってますよね? この前課長とお酒飲んでた時も言ってましたもんね」
…………課長、専務派だったか。
沖課長の視線が左右に彷徨う。
彼に公平さは求められないとわかり、どっと疲れが肩に圧し掛かる。
「専務のお言葉はとても理想的だけれど、だからと言って何でも許されるわけじゃないのよ、林海さん。それに、あなたがさっきから言ってるのは企画だなんて到底――」
「――平井さん!」
ヒートアップする彼女の言葉を制止する。
平井さん自身も口調が強くなったことに気が付いたようで、ぐっと歯を噛んで少し鼻息を荒くして肩から力を抜く。
山倉さんはハラハラした表情で事の成り行きを見ている。
だが、空気を読めない女、林海きらり。
折角平井さんがグッと堪えたのに、それを無駄にする不貞腐れた表情を見せた。
「私はぁ、木曽根先輩の企画がもぉっと良くなるように言ってるんですぅ!」
語尾を伸ばすな、社会人!
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