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「天谷」
「……はい」
「どうしてここにいる」
「……いえ」
「天谷」
「はい」
「お前の言動がどれほど梓を苦しめるか、よく考えろ」
「……はい」
別れ話の後、直が私の知っている直ではなくなっていく。
私が愛した直が幻想だったのかもしれないが、それにしても違い過ぎる。
直はいつも私を気遣ってくれた。
私だけじゃない。周囲を気遣い、自分よりも優先させる人だった。
なのに、自分の浮気が原因で婚約を解消し、なおかつ新たな婚約者が社内にいる状態で、今も私に接触する意味がわからない。
そんなことをして私が迷惑に思うことや、周囲の視線が私を苦しめることもわかるだろうに。
どうして、なにが直を変えてしまったのか。
それとも、私に本当の直の姿を見えていなかっただけなのだろうか。
「天谷」
「はい」
「梓は依存するような女じゃない」
「え?」
「強い女だ。男に依存して腐る女じゃない」
依存……?
なんの話だろう。
「依存していたのは、お前だよ。それを認められなかったのは、お前の弱さだ」
「……失礼します」
軽い靴音が、勢いよく遠ざかっていく。
「修羅場終了? なんだ――」
「――なんだじゃねぇ」
頭上から苛立ちを隠さない低い声が聞こえ、体勢はそのままに顔を上げる。
人間、後ろめたいことをしようとすると、低い姿勢になってしまうものなのか。
ドアの陰に隠れているのだから身を屈める必要はないのだけれど、私たち三人は寄り添うように縮こまっていた。
だから、ただでさえ背が高い皇丞に見下ろされると、いつも以上に威圧感を持つ。
いち早く身体を伸ばしたのは、平井さん。
「だってぇ。帰ろうと思ったら天谷さんが歩いてくるのが見えたんだもん」
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