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午後から会議が入っているから、長机はコの字に並べられ、十脚の椅子が配置されている。その椅子の前には、会議資料。我が社は数年前から社内会議時の飲み物は各自で持ち込むようにしているので、これ以上の準備はない。
印刷が遅れた資料を持って来たところで、私は直に掴まった。
入ってすぐに資料を並べておいて良かった。
手に持っていたら、きっとぐしゃぐしゃに握り潰していただろう。
とにかく、今、私の手には何も握られていなく、その手は自然と胸の前でクロスし、肘を持っている。
ブラウスが皺になるからあまり強く握りたくないのに、どうしたって力が入る。
「林海きらり」
泥棒猫に『さん』なんて付けたくなくて、私は彼女のフルネームを呼び捨てた。
私の顔周辺を彷徨っていた直の視線が、ピタリと私の瞳を捉えた。
ただでさえ若く見えるのに、こうしてまん丸に目を見開き、敵に睨まれた小動物のように青ざめた顔色で唇を震わせていれば、余計に二十九歳には見えない。
「どうして知ってるかって? 気づかれていないとでも思っていたの? 一緒にいてもスマホを離さないし、常時メッセージを受信していて、音を消してもポップアップは出ていた。『きらりんりん☆』なんて名前、林海さんか売れないアイドルくらいじゃない」
悪意をもった言葉だったのだが、彼はそれどころではないようだ。
「ごめん……」
「いつから?」
「いつからっていうか……」
「何回?」
「え?」
「何回ヤッたの?」
また、直の視線がゆらゆら彷徨う。
本当に、嘘の付けない男だ。
わざと、彼の嫌がる言い方をしたというのに、否定も反論もできないとは。
「いつからだろうと何回だろうといいのよ。ただね? 嘘もつけない、セックスは愛情があってこそだと思ってるあなたが、恋人以外を抱いたんなら、きっと余程愛しているのでしょう? それとも、全部嘘だったの?」
「嘘じゃ……ない」
なにが? と聞くほど彼を知らないわけじゃない。
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