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俵に堕とされなかった女が、一人だけいる。
正確には、俵が堕とそうとしなかった女。
俵曰く、奴も生理的に受け付けない女。
いや、負け惜しみだろう。
初対面で『自分に堕とせない女はいない、とか自惚れてたりする?』と笑われたから。
俺たちより五歳年上の倉木美花とは、企業の後継者たちが集うパーティーで出会った。
商社系デベロッパーの倉ビルの創業者一族の彼女には年の離れた弟の付き添いで来ていた。
彼女は優秀だった。優秀過ぎるほど。
だが、旧時代的な考えの彼女の父親は、娘の優秀さを『小賢しい』と言い捨てた。
どうしても後継者が欲しい父親は、彼女の母親を捨て、若い女と再婚した。
それが、弟の母親。
そんな話を聞いたのは、何度目かの食事の後の、何度目かのセックスの後だった。
彼女は父親に認められたかった。
だから、俺にあるビジネスを持ちかけた。
当時、営業部にいた俺は彼女の提案に乗り、成功と共に別れた。
「ご結婚、おめでとう」
五年前と変わらない、自信に満ちた微笑みで、彼女は言った。
「ありがとうございます。倉木社長」
俺は恭しく頭を下げた。
「そんな他人行儀に呼ばなくてもいいじゃない? 皇丞」
「他人でしょう?」
「夫婦だって、元は他人だわ」
「元は、です」
「あら。奥様に夢中だって噂は本当だったのね」
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