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 それ以降も、我が家にはときどき、風邪ドロボーが姿を現した。  ヤツは熱を奪い、痛みを奪い、だるさを奪う。結婚してからもそれは変わらず、通算五回を数えた時に、水希は言おうと決めた。  再び冬を迎えた頃のことで、確か日曜日だったと思う。もう雪和はすっかり元気で、クリスマスツリーを買おうと言った。  ホームセンターで水希の身長ほどもあるデカいツリーを買い、リビングに置き、二人でオーナメントの飾りつけをしている時である。 「雪ちゃんってさ、必ず私のすぐ後に風邪を引いて、そのくせ私より苦しそうにするよね」 「えっ、何。そうだっけ」  彼は驚いてそう聞き返した。  はずみで、ツリーの中腹部に引っ掛けていた松ぼっくりが転がり落ちた。  雪和には自覚がないようだったので、「これは一度真剣に話し合わねば」と思って、それまで水希が抱えてきたわだかまりをぶつけてみることにした。  ひとつずつ今までのことを説明するが、やはり雪和はほとんど覚えていない。 「具合悪くなって、よし何もかもほっぽり出して甘えようと思ったら、結局いつも私ばっかり雪ちゃんの面倒みて、割に合わない!」 「でもそれって、言い換えれば、水希がいつも僕に風邪をうつしてるってことじゃん。僕のほうが被害者だ!」  そんなことを言い出したものだから、水希も「よしケンカだな」と腹をくくった。  今やってる飾りつけだって、雪和には電飾を任せたのだが、ツリーにくるくると巻き付けたコードも変に偏っていて見映えが悪い。不器用すぎる。 「全体に巻き付けないとダメだ!」  水希は、二件を同時に責める手に出てみた。 「もっとバランスを見て、変でしょ」 「このサイズのツリーに50球は少なすぎるよっ。だから僕は100球にしようって言ったのに水希がケチって」 「ケチとは何だっ。それに風邪の件だって、私はしっかり自己管理してるし、雪ちゃんにもうつさないように配慮してるよ!」 「目に見えないんだから、菌がどこでどう動いたかなんて分からない! いま言われて分かったけど、僕は水希のせいで風邪をひいてたんだな。いつも生死をさまようんだぞっ」 「何を大げさな…。それとね、電飾は50球でうまいことやるのっ!」  くだらないケンカで大声を出し合ったあと、雪和は「ああ、喉が痛くなってきた」と言った。そこでつい笑ってしまったので、結局これはこちらの負けだ。 「雪ちゃんはズルいなぁ、相変わらず」 「わざとじゃないよ。そういえば、甘草茶は喉にもいいのかな。また飲みたいな、あれ」  彼は少しいたずらっぽく笑った。 「まだあるけど、美味しくはないでしょ」 「でも何となく」  仕方ないかと思い、入れてあげることにした。  そこでふと気づいたことだが、高校生の頃に「いつか飲んでみたい」と思ったパスティスのカクテルは、いまだに飲めていなかった。淡い憧れもいつの間にか忘れてしまい、大学ではビールがほとんどで、社会人になってからは日本酒を少し飲むようになったけれど、カクテルは定番のものをたしなむ程度だった。  蜘蛛のお姉さんが勧めた「リコリスの根のお酒」について、そういえば雪和には話したことがなかったなと思い、甘草茶を出したついでに、話してみた。ツリーの飾りつけはいったん中止である。 「面白いね、童話に出てきたお酒なんて」 「そうなんだよ、ずっと記憶に残っててね。どんな味がするのかなぁって」 「それはやっぱり、カクテルが良いの? パスティスだけでも良いの?」  質問の意味はわかる。リコリスのお酒とは、パスティスのことだからだ。 「どっちも飲んでみたいな、どうせなら」  雪和は、ふんふんと言いながら、お茶を口にした。  やがて飾りつけを再開すると、やはり電飾は50球では足りないと言う結論になり、もう一度ホームセンターへと車を走らせた。  
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