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雪和が選んだのは、薪窯のあるイタリアンのお店だ。彼はピザが食べたいと言い、水希もキライじゃなかったから同意した。
お店に着いたのは約束の五分前だった。
カフェのようなカジュアルな雰囲気で、店頭にはツリーが飾られていた。だが飾りも電飾も赤だの青だのカラフルに散らばっていて、目にうるさい。落ち着いた色合いで統一したウチのツリーの方が上だなと、水希は思った。
そっと中を覗いてみると、キッチンスペースがガラス張りで、生地をこねる職人の姿も、窯の炎も、外から鑑賞できる造りだった。
雪和はまだ来ていない。
そのとき水希のスマホが震え、取り出して見てみると彼からだった。遅刻の連絡だろうか。
「げほ、み、水希、ごめ、ごほ」
むせ込んでいるようで、何を言っているか分からない。何でそんなタイミングでかけてくるんだと思ったら、「か、風邪、ひいて」と続けてきたので、即座に、おい嘘だろと思った。
「今朝は大丈夫だったじゃん」
「きゅ、急に、げほ」
ホントかよと思いながら、これは中止という意味なんだろうなと判断した。
それにしても、相変わらずの風邪ドロボーである。いや今回は盗みを働いたわけではないから、自分で生み出す、いわば風邪職人だろうか。
「じゃあ帰るよ。お店には謝っとくから」
当日なので、キャンセル料は覚悟した。しかし彼は、お店にはもう断りを入れたと言う。そこは早いんだなと感心した。
帰路の道々、運転しながら水希は、まったくもう、という言葉を七回くらい呟いた。ただ気持ち的にそこまで落胆していないのは、もともとピザは雪和の希望であって、水希としては付き合いという感じだったからだ。
アパートに着き、車を停め、階段を上ると、玄関を開けた。
その瞬間、ぱんっと破裂音が耳を劈く。
「め、メリーク、リ、スマスっ!」
そんなたどたどしい声を発し、満面の笑みで、しかし青白い顔で、雪和がそこに立っていた。手にはクラッカーを持っている。
「なっ、何。まさかこれ、サプライズ?」
「そ、そう、げほ。さぷ、らいごほ」
風邪はホントらしい。そこは嘘であってほしかった。
「もう、寝てなきゃダメじゃん。熱はないの? キャンセル料はいくら?」
やれやれと思いながらブーツを脱ぐ。雪和は「予約、してない」と言った。どういう意味か聞いてみると、要するに最初から予約はしておらず、ぎりぎりで呼び戻すというのが計画だったようだ。だから、水希にとって興味の薄いピザ屋を選んだ。
リビングに入ると、カーテンが閉じられて薄暗い中で、ツリーに飾られたシャンパンゴールドの電飾がキラキラと明滅していた。何度も見ているが、やはりウチのツリーは綺麗だ。
テーブルにはたくさん料理が並んでいる。雪和は作れないので、買って来たのかなと思って聞いてみると、ケータリングらしい。アクアパッツァは大好きなので、少しテンションが上がった。
「準備したくて、私を外に出したんだね」
そう聞くと、雪和はうんうんと頷いた。ケーキだけは受け取りに行ったようで、もう冷蔵庫に入れてあるという。
イヴ当日に風邪職人というのはやや呆れるが、いろいろ手の込んだことをしてくれたのは嬉しかった。それに朝田あかねに会う機会になったので、何だかんだで気分が良い一番大きな理由は、それだったと思う。
「じゃあせっかくだから、食べようか。雪ちゃん、食べられる?」
再び、雪和はうんうんと頷く。喉は痛いんじゃないかなと思ったが、まあそこは自分で加減するだろう。
食卓に、向かい合って二人。
何だかよく分からない一日だったが、結果的にクリスマスっぽくはなっている気がした。
さあ、食事である。
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