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6
二人は向かい合って、二人だけの食事会を始めた。
ローレルの香りがする。
魚は真鯛だ。お刺身でも鯛は大好きだが、こういう形ではなかなか食べないので、雪和のお手柄だった。
それから生ハムとルッコラのサラダ、小さなカップに入ったラタトゥイユなど、けっこう見映えが良い。
おもむろに雪和が立ち上がった。
「あ、飲み物だね。私が出すよ」
「いや」
そう言うと、雪和はキッチンからグラスを二つ持ってきた。それから、黒っぽい色に赤リボン柄のボトルと、赤茶色のボトル。
「シャンパン?」
「そう、それと」
咳はおさまったようだが、どうも声がカスカスだ。
「もうひとつは、リコリスのお酒」
「えっ――。ホント!?」
完全に予想外で、水希は思わず声を上げた。
パスティスを用意してくれたのか。
「それを、カクテルにするよ。ヘミングウェイの」
「ヘミングウェイ?」
何のことか分からなかったが、雪和の説明では、あの大作家ヘミングウェイが考案したカクテルがあるらしい。本来そのカクテルは、ペルノーやアブサンなどのリキュールとシャンパンを、2対3の割合で注ぐ。
しかし、ペルノーはパスティスで代用することもあるそうだ。
「そのカクテル、売ってなくて」
モヒートやダイキリみたいに一般的じゃないのだ。買えないなら作るしかない。パスティス単体なら買えるという。
「すごいね、いろいろ調べてくれて。ありがとう」
素直にお礼を言うと、雪和は少し照れたような表情を見せた。
それから水希は、雪和が作ってくれたカクテルを飲んだ。
「味は…まあまあ」
やはりハーブの香りが強い。すっきりと飲みやすいが、それよりも、アルコールの強さに驚いた。
「このカクテルは、30度くらい。パスティスだけだと、45度だから」
「強いね。雪ちゃんは体調よくても飲めないでしょ」
「無理だね」
悲しそうな顔をする雪和を見て、水希は笑った。
水希も、頭がぼわんと熱くなって、酔いがまわっているのがわかる。
「このカクテルの名前が、面白いんだ」
「ヘミングウェイ・カクテルじゃないの?」
「正式には『午後の死』っていう名前」
「何それ、縁起悪い」
二人は笑った。昔は黒色火薬を入れていたという逸話まである、恐ろしいカクテルだった。
「パスティスのカクテルって他にもあるでしょ。何でそんな怖い名前のヤツを選んだのさ」
「だって水希、シャンパン好きでしょ」
そう言うと、雪和はクリスマスツリーを目で示した。
「電飾は、あの色じゃなきゃイヤだって言ってた」
「あぁ、シャンパンゴールド」
それは色の話だけどなーと思ったが、しかし、その理由なら怖い名前のカクテルでも納得する。
それから二人でケーキを食べて夜を過ごした。
翌日談として。
朝起きると、水希は頭痛がひどくて、とても会社に行ける状況じゃなかった。
ただの二日酔いだったのだが、雪和はそれを「風邪だ」と決めつけて譲らない。ちなみに雪和の風邪はすっかり治って、元気になっていた。
「水希こそ風邪ドロボーだ!」
水を得た魚のように、勝ち誇った顔でそう主張する雪和。
水希は「あんたねえ」と言ったが、頭が痛くてその後が続かない。
今年も、あと一週間で終わる。
小さな夢が叶った、そんな年だった。
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