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終業時間が同じだった篠岡くんは、帰り道ずっと週刊誌やワイドショーの話をしていた。 なんでも、ファンだった女性アイドルの恋愛沙汰が公になったらしい。 「年齢的にもわからなくはないけど、もうちょっと周りの目を気にしてほしかった」 だそうだ。 僕はうわのそらで相槌をうちながら、それどころではなかった。 何で? 何で。 廉は僕にあんなことをした? 頭の中のぐるぐるが止まらない。 あれから数日。 あれ以来、廉とは顔を合わせていない。 街中のスニーカーショップで廉の写ったポスターを見かけた僕は走って逃げた。数人、若い男性が並んでいて、視線はばらばらの方向を向いていたけれど廉だけこっちを見ていた。 どこへ逃げても、自分の心、気持ちからは逃げられっこない。 僕はどうしたら良かったんだろう。 マンションの階段をのぼると、僕の部屋の近くに人影があった。 廉かと思って、とっさに通路の柱に隠れてしまった。なにをしているんだ、僕は。 そっとのぞく。廉ではなかった。 僕の部屋と廉の部屋のちょうど中間に立って、しきりにきょろきょろしたり、通路の柵に手をかけて下を見たりしている男性がいた。 年上だろうか。ガタイが良く背も高い。ワイシャツの襟をジャケットから出し、ネクタイはしていない。太い眉と、その下の鋭い目つきが印象的だ。 僕は自分の部屋に入ろうと、軽く会釈をして鍵を出して開けようとした。 すると、男性の動きが止まる。 「君が、田中晴くん?」 僕を見て僕の名前を言う。 そうですと答えるほどお人好しではない。 「…どちら様ですか?」 警戒するのは当然だろう。 「失礼、こういう者です」 胸ポケットから取り出したのは名刺。 いったい、何だろう。派手な色合いのスーツ。手にはスマートフォンだけ。借金取り、という単語が浮かんでしまうけれどもちろん思い当たることはない。 (株)REPLAY 営業部第2営業課 村西 拓 一瞬の空白の後、すぐに思い出す。 「…廉の、」 マネージャーの、「村西さん」。 「俺のことまで、ご存知とはね」 冗談めかした口調だったけれど、目は笑っていない。 「もしかして廉…北村さんに何かあったんですか?」 「いやいや落ち着いて、そういうことじゃない」 両のてのひらをこちらに向けて、おどけたポーズをしてみせる。 「あいつは今、うちの事務所で打ち合わせをしている。数時間は帰って来ない」 「…何かあったのではなくて、良かったです」 それでは僕にいったい何の用があるのだろうか? すると村西さんは、なぜかまぶしそうな、気遣わしげな表情をして僕を見た。 「君が廉と仲良くしてくれているのは知っている」 僕はその言葉を聞いて動きを止める。中途半端に鍵を持った手を浮かせたまま、どういうわけか村西さんの方を見れなくなる。 何が、言いたいのだろう。 「だが…だからこそ心配している」 上辺の軽薄さはなりをひそめ、村西さんは硬い声音になる。 「昨今、世間やマスコミのえじきになったらどうなるか、君だってテレビや週刊誌で見ているだろう?」 篠岡くんが言っていた。ネットで叩かれてもう、ひどいんですよ。無関係な罵詈雑言、ぶすのくせにとか、親の育て方が悪いとまで。 当事者やその周囲の人にとっては、大変なことだろうと同情はする。 けれど自分とは無関係と思っていた。対岸の火事より遠いことだと。
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