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廉を「あいつ」と呼ぶ村西さん。 廉と村西さんとのあいだにある、僕にはわからない、知りようもない時間の蓄積。そういえば村西さんは、廉がまだ高校生で、モデルを始めた当初からついてくれていると聞いたことがある。2人の、絆。 「あいつは…廉は君と知り合って変わった。今までプライベートの話は俺にあまりしなかったのに、君のことをよく話題に出す。いかにも楽しそうに。本屋さんなんだってな?」 軽く笑ってみせる村西さん。 けれど、どこか心が痛くなる笑みだった。 「あいつは今風の若者と言うのかな、少し淡々としたところがあったけど、最近は喜怒哀楽を出すようになった。それがモデルや、まだ試行錯誤の演技の仕事にも良い影響を与えている。そばで見ていてよくわかるんだ」 この人は廉のことをちゃんと知って、ちゃんと考えているのだとわかる表情だった。 はじめて聞く話だった。 僕といるとき廉は、僕に他愛ないちょっかいを出してはよく笑っていた。ゲームに熱中したり、ちょっと憂いを帯びた目で僕のする話を黙って聞いていたり、した。 知らなかった。 「そのことが何を意味するのかは、機微に疎い俺にもよく伝わってきた…でも」 強面で硬い声のときよりもずっと、村西さんの声が刺さる。 村西さんはふいに僕に一歩、近寄る。 「でも! あいつはこれからの人間なんだ。俳優としてだけじゃない、人間として」 両手を顔の高さまで上げて、もどかしそうに空をつかむ。 「人と深く関わるなとは言わない。そんなことを命令する権利は、大昔の芸能事務所じゃあるまいし俺にはない。ただ、年齢や時期ってものがあるだろう?」 大事な商談の前に大酒飲んだり、受験シーズンに遊び耽ったりは、別に違法じゃない。でもその先を考えたら、する奴はいない。 「わかるだろう? 田中くんだって仕事をしている大人なら」 その具体的なたとえはわかりやす過ぎて、僕はひどく打ちのめされた。 そうか、僕は大酒や遊びか。 元々声が大きい人なのだろう、体育会系って言ってたしな。 他人事のように、そんなことを思った。 エレベーターから降りた男女が、訝しげな顔で僕たちを横目に見ながら通り過ぎる。 「あの、部屋に入って話しませんか」 村西さんは手振りをぴたりと止める。 「遠慮する。これ以上話すことも、必要もない」 きっぱりとした拒絶だった。 「…聞いているだろうが、廉はしばらくの間海外に行く。その前に田中くんと話しておきたいと思った。いや、単なる感情じゃない。マネージャーとしての判断だ」 僕はまた、動けなくなる。今度は、頭の奥がすうっと冷えていく感覚。 「海外…?」 僕は何も聞いていない。 喉がからからで、体が凍りついたようにつめたい。 「イギリスで撮影が入っていて、終わり次第そのまま短期留学という形だ。行くなら今しかないと思って決めた」 「いつ、ですか…?」 「1ヶ月後の今日だ。これからあいつも俺も忙しくなるから、その前にけりをつけたかった。君には突然のことで申し訳なかったが」 村西さんは僕がそれを知らなかったということに気付かないで話し続ける。 いや、僕が知ろうが知るまいがどちらでもかまわないという方が近いのかもしれない。 「…ひとつだけ聞いてもいいですか」 答えてくれないかもしれない。 あるいは、嘘をつかれるかもしれなかった。 「廉に、頼まれたんですか。頼まれたから村西さんは僕のところにわざわざ来て」 廉が、僕にもう関わりたくないと思ったから。その場の雰囲気でキスなんかしてしまった、よりにもよって同性の「一般人」があとになって何か言って来ないように、遠ざけようとして。 自分の声がかすれているのがわかる。 もしかしたらこのあと、封筒に入ったお金を渡されでもするのか、と自嘲して思う。 「いや、それは違う!」 村西さんはまっすぐにこちらを見てくる。 「あいつは関係ない、俺が勝手にしていることだ。廉は…」 ふっと視線を外す。 「いや、もうやめよう、この話は」
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