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インターフォンを押す勇気はなかった。
扉に耳を寄せてみた。
物音はせず、いるのかいないのかわからない。
思いついてベランダの仕切板の向こう側を首を伸ばしてのぞいてみたけれど、気配はなかった。
僕って勢いに乗り切れないやつだなあと思う。
明日から海外に行くのなら、既にもう空港近くのホテルに滞在しているかもしれないし、実家は神奈川という話だったから、そこにいることもありえる。
ちゃんと自分の気持ちを伝えたいと思った。
そして、送り出したい。
あるいはそれは僕のエゴでしかないのかもしれないけれど。
僕はまだなにひとつ廉に伝えていない。
あの日。廉にはじめて出会ったあの時。
僕はあの時のことを何度も思い出す。
何度でも思い出すことができる。
風変わりな出会いだったかもしれない。
僕は廉を助けたかったんだと思う。
かたく閉ざしたまぶたを、開いてほしかったのだと思う。
てのひらにすっぽりおさまる、ちいさな卵といっしょに。
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