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誰かが僕を呼んでいる。 晴、と。 よく知っている声。すこし前には知らなかった声だ。 「晴?」 まだ夢の続きかな。 だったら夢がさめなければいい。 「ーーー晴!」 茶色い髪が光に透けて、逆光だったけれどすぐにわかった。 「…れっ、」 いきおいよく体を起こす。 「………廉!」 マンションの通路で、うろうろしたり階段をのぞき込んだりしていた。それから、座り込んだ。 そのうち眠ってしまったらしい。コンクリートのせいで、背中から横腹にかけてが痛い。 「どうしたんだよ、こんな所で」 心配そうな眼差しで僕をのぞき込んでいる。 はじめて会ったときの逆だなあ、とぼんやり思った。僕が倒れていて、廉が助け起こす。 だからやっぱりこれは夢かもしれない。 「鍵、なくしたのか?」 見当外れなことを言う。どこかのほほんとした調子。廉だ、と思った。 違うよ。全然、違うよ。 「…会いたかった」 まっすぐ顔を見てなんて言えないから、うつむいてつぶやいた。 「…晴?」 「待ってたんだ」 どうしていいかわからず、ただ、待っていた。 「見送ろうと、思って」 「なんで、知って…」 すこし返事に詰まる。廉を大事に思っている人のことを悪く言いたくなかった。 「…村西さんに、聞いた」 「…なんで」 なんで? 何でって…。 「僕…」 待ちながらたくさん考えた。 僕は廉と会えて楽しかった。心から、良かったって思う。 食事をしたりゲームしたり、普通の、日常の積み重ねであって特別なことはなにひとつなかったけれど。 互いの部屋以外の場所に出たことのないひきこもり生活だったけれど。 けれどそれがうれしくて、楽しくて。 こういう気持ちを何て呼んだらいいのかわからなかった。 男同士なのに変に思われるかもって、押し殺していたのかもしれない。 けれど離れる前に、伝えたかった。 「…待ってたのは、廉のことがすきだから」 ぽろりとこぼれた。 「見送りたかったのも…。廉をすきだからに決まってるだろ!」 あぁ、言ってしまった。 顔が熱くなるのがわかる。 もう引き返せない。 おそるおそる見上げると、廉は目をまん丸くしている。 「…なんで?」 なんでって。さっきから何度も。 「…………だから、」 廉と僕とは膝を突き合わせて、マンションの通路にぺたりと座っている。 はたから見たら変だ。 そのおかしさに気付く余裕も、かまけている時間も、僕にはなかった。 赤面と脱力感が半々になりながら、両手で顔を覆う。 廉を、すきだから。 自分でもわからなかった気持ち。 廉がいなくなるって知ってから、はっきりとわかった気持ち。 それをどう扱えばいいのかなんて、わかるはずもなかった。 先走った。突っ走った。 はあぁ、とため息をついてしまう。 「…ここまで言うつもり、なかったんだけど…」 これから遠い所に行く廉を困らせるつもりはなかったのに。歯止めがきかなかった。やんわりと伝えるしかたなんて、わからなかった。 「廉とって僕が邪魔な存在だとしても…。僕は廉といっしょにいてすごく楽しかった。廉と会えて、良かったって思うから…それだけ、最後に伝えたくて」 廉の膝あたりを見ながら、一気にしゃべる。 「困らせて、ごめっ…、」 あふれ出してくる。 今までのこと。もう会えないってこと。 泣きそうになって、眼鏡の下の目をこする。泣いたりしたらよけいに困らせちゃうのに。
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