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epilogue
「いらっしゃいませー」
「田中さん。店長、お子さんが熱を出したって早退するそうです。奥さんだけじゃ2人みきれないって」
「了解。大変だねえ」
「だから今日、店長代理じゃないですか」
「給料変わらないけどな」
篠岡くんと並んでレジ業務にあたる。
土日や平日の夕方から夜にかけて、客足はすこしずつ増えてきた。ラッピングを頼むお客様は目に見えて多くなった。
もうすぐ、クリスマスだ。
僕の生活はーーー。
廉からは一度、スマホにメッセージが届いた。
大型書店と思しき場所の吹き抜けに飾られた、巨大なクリスマスツリーの写真。
卵型のオブジェがたくさん吊り下げられているそうだ。てっぺんにも、星ではなく金細工の卵。
ピントが若干ぼやけ、そのぶんやけにきらめいた写真。
撮られる側も、撮るのは得意ではないってことか。
添えられたのは、「寒いよ でも街はきれい」という短い二言。
それだけだ。
それだけのことで、僕はブックカバーをかけながらつい、顔がほころぶ。
「クリスマスだからって浮かれないでくださいよー? どうせ俺はシフト入ってるし」
篠岡くんはそんな僕を横目であきれながら見ている。
「僕も、イブもクリスマス当日も仕事だよ」
「そのわりに楽しそうじゃないすか」
僕の生活は変わらない。朝起きて仕事に行って、帰って来てごはんを作って食べる。
けれど、廉がいる。
今は遠くに離れているけれど、帰って来ると言ってくれた。僕の隣に。
そのときは明るく「おかえり」を言えるように、僕もこっちでの仕事を、生活を、頑張ろうと思う。
そう思わせてくれる相手。
何もかも僕とは違う、302号室の住人。卵みたいに殻に隔てられて、けれど、隣同士に並んでいる。
今日は卵を買って帰ろう。
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