1/2

155人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

小松菜、ピーマン、豚バラ薄切り。卵10個。 冷凍庫に、1膳分をラップでくるんだご飯。 うぅん、これは…。 この状態で他人に食事を作ろうとしている。無謀だったかも、しれない。 いきだおれていた彼は、僕の唐突な言葉に対してイエスともノーとも答えなかった。相変わらず、玄関から一歩上がった狭いフローリングにぺたんと座り込んでいる。 僕はそこから鼻先程度の距離のキッチンに、立っている。さっきはあわてていたから靴下のままだったけれど、スリッパを突っかける。エコバッグから、卵のパックと小松菜を取り出した。 視線を感じる。 当然か。 さっきまでは彼があやしい人物だったのに、今は僕があやしい。 考えてみれば、知り合ったばかりの相手が目の前で包丁を出すって、あまりないぞ。 小鍋に水を入れ火にかけつつ、小松菜を水洗いする。 長めの茶髪の下のおおきな瞳に、この距離からでもまつ毛が影を落としているのがわかる。 頬は若干削げているようにも見える。痩せ型。 すっと通った鼻。薄いくちびるはやや乾燥しているようだ。 骨張った首筋。 窮屈そうに畳んだ、長くて細い手足。 …って、ぶしつけに見過ぎだろ。 僕はあわてて小松菜をひたすら細かく刻む。 沸いた湯に、実家から大量に送られてきたかつおぶしの小袋を投入する。 塩をぱらぱらと入れる。解凍したご飯、続けて小松菜も入れる。 豚バラも入れてもいいけど、消化に悪い気がするからやめる。 適当な汁碗に、卵を割り入れる。 落ちていく黄身に謎の彼の顔が一瞬、映る。 どぎまぎする。 何でだ。 何で。僕がこんな目に。 そう思いながら、しゃかしゃか音を立てて卵をかき回す。 僕が部屋に入れた。マンションの住人だとわかったなら、せいぜい彼の部屋の前に送り届ければいいところを、僕が声をかけて引き止めた。 菜箸はないから普通の箸に、卵液を伝わせて鍋に入れていく。 卵がもやっと浮き上がってくれば、出来上がりだ。 木製のボウルに移す。セットで売っていた、木のスプーンも付けたぞ。 「…どうぞ」 両手ではさみ持って、腰をおとして差し出す。じんわりとてのひらに熱が伝わる。 彼は、その持て余した腕を伸べて受け取った。 長身のわりに細い指で。 「…大したものじゃないですけど」 調子が良くなさそうだから、卵雑炊にしてみた。湯気で僕の眼鏡がすこし曇る。その向こうで、彼がぼやける。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

155人が本棚に入れています
本棚に追加