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今日は雑誌の発売日が重なっている。 付録がはさまった女性誌を、ひたすら積む。 あとで付録のサンプルも忘れずに飾らないといけない。 「すみませーん、小学3年生用のドリルみたいなのってありますか?」 「あっはい、ご案内します」 時々、本を探すお客様に声をかけられるからそちらにも対応しながらだ。 「毎日宿題は出るんですけど、それ以外にも何かやった方がいいかなあって」 「そうなんですね、でしたらキャラクターが載った物などございますよ」 「なかなか自分からは勉強しようとしないんですよねー」 「今のお子さんは習い事とか、忙しいですものね」 「そうそう、うちの子もサッカーをやっていて」 なかなかおしゃべりな女性のお客様だ。 対応を終えて新刊雑誌のコーナーに戻ると、アルバイトの男子大学生、篠岡くんが、やりかけの品出しを手伝ってくれていた。 「ありがとう、助かる」 接客の甲斐あって、お客様は小学生用の参考書と図鑑をお買い上げだ。 「今日多いから大変ですよね」 彼が入ってきたとき指導係になって、今は年齢も近いから雑談もしたりする。 大学では近代文学を専攻しているそうで、見た目は今風だけれど昔のマニアックな小説にも詳しい。そしてアイドルオタクでもある。興味の方向があちこちに飛んだ子だと思う。 柔らかい色合いが華やかな表紙のファッション誌を並べていく。 見たことはあるけれど名前はわからない女優さんの表紙を積んだあとは、男性が表紙の、すこしシックな雰囲気のものにとりかかる。 「さて…と」 ふいに、手が止まる。 スーツ姿で座り込んで、足を無造作に折っている。手を、髪をよける仕草で顔の片側に添え、左の目は半ば隠れている。 背景は黒一色でスーツはこげ茶。 「…これ」 この、憂いを帯びたまぶた。 揺らぎを抑えたような、けれども抑えきれていない瞳の色合い。 頬にかかった髪の曲線。 「篠岡くん」 「はい?」 ダンボール箱を載せた台車の向こう側で、篠岡くんがこちらを向く。 「そっち、どうかしました?」 僕の声音を気にかけて、のぞきこんでくる。 「…これ」 間違いない。 「この人は、誰?」 トラブルではないと安心したのか、笑顔になった。 「あ、その表紙ですか? 北村廉ですよ」 キタムラ、レン? 昨日のことは、誰にも話していない。 そのことについて篠岡くんがなぜか知っていたみたいな、不思議さがあった。当然の常識みたいに名前を教えてくれる。 「元々雑誌のモデルとかやっててー、最近はドラマや映画に出るようになってきたみたいですよ!」 僕が作った物をいただきますと言って食べて、ごちそうさまと言って帰って行った人。 どこから来たのか、どこへ行ったのかわからない人。 「…有名、なの?」 「どうなんですかねー、でも大学の友達で、いいよねって言ってる子はいました」 「Brilliant(ブリリアント)」なる女性向け情報雑誌。確か内容はファッションや美容以外に、旅行や料理などについて写真が豊富な記事で特集が組まれ、20代から30代の働く女性が主要ターゲット。資料で読んだ記憶をひっぱり出す。 「そうなんだ。僕も、どこかで見たような気がしてさ」 嘘では、ない。 なぜか僕は、昨日のただの「事実」を、隠す。 「めずらしいですね、田中さんが雑誌の表紙に興味持つなんて」 そう、僕は芸能界と言えば、小学生の頃から親といっしょに観ていて、未だにシリーズが続く刑事ドラマくらいにしか興味がなかった。そのことはバックヤードでときどきネタにしているから、仕事仲間には知られている。 曖昧な愛想笑いをうかべると、「Brilliant」をダンボールから取り出す。 仕事しなきゃ。 けれどなぜか直視できないし、触れられない。 あらぬ方を見ながら、付録の化粧ポーチがはさまって分厚いを雑誌を重ねていく。 ーーー北村、廉。
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