197人が本棚に入れています
本棚に追加
「Brilliant」を縛っているビニール紐をハサミで2箇所、切る。
付録は今度実家に持って行く。
僕は妹思いなだけの書店員なんだ、と自分に言い聞かせる。
決して、彼のことをもっとよく知りたいからではない。
あの憂いを帯びた無防備さと、どう見ても疲れ果てていた意味を知りたいからでは…ない。
雑誌を開くと目次のすぐあとに写真が見開きで2ページ、あった。
歩く姿を横からロングショットで捉えた1枚。
やっぱり背、高い。手足長い。もしどこかで会ったら、顔よりも背格好でそうと気付きそうだ。それがモデルってやつなのか、と思う。
もう1ページは、視線を外してすこし崩れた表情のカット。
こんな顔もするんだ。
そのあとはインタビューが1ページ分。
今月公開になるサスペンス映画では、「重要な役どころ」を演じるらしい。監督とよく話し合いました、と言っている。
ふーん、そうなんだ。
海外へ演技の勉強しに行きたいと思っていること。
へえー。
犬と猫なら、犬の方が好きだそうだ。理由は、実家でラブラドールレトリバーを飼っているから。
僕は…僕も犬かな。
だし巻き卵を行儀悪く箸で突きながら、初めから終わりまで読んでしまった。
これまでにテレビや映画で見かけた記憶はなかった。載っているごく短い経歴を読むかぎり、まだ主演をつとめたことはないようだ。
それにしても、こういう仕事も大変なんだろうなあ。人に見られる仕事。気が抜けない。
働き始めてからは、表に見える部分よりも裏側が気になるようになってきた。
書店っていうのも、結構、表と裏があるから。
本好きじゃないとつとまらないかもしれないけれど、それだけではとてもやっていけない、体力仕事だという側面も大きい。
雑誌をぱらぱらとめくりながら、だし巻き卵をひとくち、口に入れる。
正直、他のページには一切興味がもてない。写真はきれいだと思うけれど。冬に食べたいお洒落なアイスクリームとかコートの下に着るノースリーブとか。
それで僕は、また彼、北村廉というひとについて考える。
モデル・俳優業についてと言うより、昨日の彼について。
仕事が大変だったのかな。それで、倒れていたのかも。
僕は彼を助けたかったのかもしれない。
あんな姿を見たら、誰だって。
元気になっていたらいいな、と思った。
雑誌で華やかな姿を見ても、結局、感じたのはそんな思いだった。
自作のだし巻き卵の味はまあ、普通。いつもと変わらない味。
最初のコメントを投稿しよう!