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5.
社会人生活が始まった。
学生気分とおさらばして、毎日毎日決まった時間に通勤電車に揺られている。研究機関だから、会社ほどの組織の縛りはない。今は大学で得た知識を生かし、実務経験を積んで、樹木医の試験に備えている。
ある週末、結菜からメッセージが入った。
<ちょっと相談したいことがある 時間があれば会いたいんだけど>
<もちろんいいよ 予定ないし>
<じゃあ今からそっちに行っていい? 一度行ってみたかったんだ>
僕は、大学卒業とともに、通勤に便利な駅の近くでひとり暮らしを始めた。実家から離れ、精神的にも自立した気がする。
<もちろん歓迎!>
<ありがとう! 二時はどう?>
<OK 駅まで迎えに行くよ>
<助かる~じゃあ後でね>
時間になり迎えに行くと、いつもより元気のない結菜が改札に立っていた。顔色が少し悪い。
「よっ。どう? スーパーでお菓子でも買いに行こっか」
「そおしよっ。私、リンゴ持ってきた」
リンゴの詰まった紙袋を目の前に見せた。
「あー、おいしそう。ありがとね。後で食べよう」
二人で買い物するのは初めてだ。
いつものスーパーがいつもと違う不思議な感覚。
僕がカゴを持ち、結菜を先導していくと、食品売り場で結菜が立ち止まり、しげしげと値札を見つめている。心なしか結菜は元気を取り戻したようだ。
「このスーパーって安いね。豆腐19円は今まで見た中で最安値」
「買ってく?」
「ううん、いい。生ものだし、水分が気になる」
「そうだね。荷物になるしね」
もし付き合っていたら、もし……結婚したら、こんな風に一緒に並んで買い物するんだろうな。
週末にここに来ると、恋人か夫婦だろうカップルが楽しそうにカゴいっぱいにして選んでいるのを見て、時々羨ましく思うことがある。
キョロキョロと見渡すと、今日もカップルがチラホラいる。今、僕たちはその中の1組。たとえそうでなくても…。傍から見たら、僕たちは幸せそうな恋人同士に見えるだろう。
実際、僕は楽しい、結菜とこうしているだけで。これが日常になるなら、なんて幸せなんだろう。僕は結菜とあれこれ商品を眺めながら、そんな空想に浸っていた。
その一方で、ふと思いがよぎる。この店内にも僕のような人間がいるのかもしれない。関係を保ちたいがために友達でいることを選んだ片割れが…、片思いの相手と買い物に興じている…。
「洋太? 聞いてる?」
僕は我に返った。いつの間にかお菓子売り場に来ていた。
「ごめん、考え事してた」
「洋太って、たまにボーとするよね。ま、洋太らしくていいけど」
「よく言われるよ。えーと、結菜はショートケーキとクッキーが好きだよね」
「ピンポン。洋太はポテチだっけ」
「おっ。覚えててくれたんだ」
「だってよく食べてたもん」
「そうだそうだ。昔は一緒にお菓子食べたね。懐かしい」
「あの頃はお菓子をよく食べたよ、太るのも気にせず。今では考えられないけど」
「ほんと」
昔、三人でゲームをするときは、お菓子を買い込んで食べたっけ。だからか、皆、今より少しぽっちゃりしていたな。
僕はスナックやドリンクを買って、僕がもちろんすべて支払った。
「ありがとう」
「たいしたことないよ」
僕は買い物袋を持って、結菜とぶらぶら歩きながら一緒に帰宅している。
すべて夢が現実になったような気持ちだった。
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