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   僕はなんて反応したらいいのか迷って、黙ってしまった。  これは僕への好意?それとも単なる想像上の話? 「僕で良かったら、僕にしなよ」って言ってもいいのかな。しかし、それは略奪愛になってしまうのだろうか。  略奪というワードが、僕にブレーキをかけている。  何か言いたいが、考えていることは頭と心の間で行き来するだけで、喉を伝って口から言葉を発することはない。  自分の口は閉じたまま、(うな)る。 「う~ん」  しばらくしてやっと口を開き、ぼそっと小声で。 「そうだねえ…」  こういう時に気の利いたこと言えないのが、もどかしい。コミュニケーション能力欠如たる所以(ゆえん)だ。  僕は手持ち無沙汰気味に視線を宙に浮かせたり、腕を組んだりして、考え(あぐ)ねていた。  いや、ここは、結菜の次の一言を待った方がいいのかもしれない。  彼女がここでもう一言、僕への愛を示してくれれば、僕は気持ちを進めることができる。  もう一言が欲しい…  僕はまた視線を結菜に定めた。彼女の瞳が少し揺れている。僕の悩める左右の瞳の奥を探っているようだ…  一瞬一瞬が流れていく。時は止まってくれない。この瞬間はもう訪れないのか…    結菜がため息をついた。  そして頭をポカポカ叩きながら言った。 「あー、もう自分がわからなくなった。一度頭を冷やしてみる」 「う~ん、それがいいかなあ」 「混乱させちゃったね」 「そんなことない。結菜の気持ちがわかって(うれ)しいよ」  結菜は紙袋をガサゴソと動かした。 「じゃ、リンゴ食べよ。八百屋さんお勧めだよ」 「わ、ほんと。立派なリンゴ」 「ナイフある? ()くよ」 「どうも。はいナイフ」    結菜が手際よくスルスルと皮をむく。 「手つきがいいね」 「まあね。食いしん坊だから。はい、どうぞ」 「ありがと」 「おいしいね」 「うん」  お互い笑顔になった。  人に剥いてもらうと、余計においしく感じる。それが結菜だから格別だ。  少し固くなった心が解けて、僕たちはまた、雑談に花を咲かせた。 「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らないと」 「じゃあ、送るよ」  もう辺りは暗くなり始めていた。  行きの高揚感とは打って変わって、帰りは淋しい。もっと一緒にいたいけど、そんなことは(おくび)にも出さない。  改札で僕たちは恋人同士のように、言葉を交わし手を振った。 「今日はありがとう。楽しかった。バイバイ」 「僕もだよ。また来てね。バイバイ」    僕は電車が見える場所に移動して、電車が去るのを見届けた。  心がざわめいているのに、淋しい。こんなどっちつかずの落ち着かない気持ちで歩き始めた。  僕にできることは、限られている。  すべては、結菜が決めることだ。  スーパーの前を通りかかった。  野菜でも買うか。    結菜といた時はいつもと違って見えたスーパーが、今はいつものスーパーに戻っていた。  
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