4人が本棚に入れています
本棚に追加
LINK20 奈良井宿へ道は続く
富士五湖は富士山の周りに点在する5つの湖。
大昔の記録によると『富士八海』と書かれ、時代により湖は形や数を変えているようである。
早朝、そのひとつ河口湖のほとりで俺と真心はその雄大な富士を眺めていた。
「さわやかな朝だね。ね、富士山はどんな感じに見えるの?」
「え~と、今日は真っ青な空でそこに大きな富士山が堂々とたっている。目の前の河口湖の水面と富士山がお似合いな景色になっていて、空の左側にひとつだけポワポワとした綿みたいな雲がぽつりとある。えっと、富士山はこんな形だ」
真心の手のひらに富士山の形を書く。
「この形の山が堂々とあるんだね。湖と富士山はお似合いなんだね。青い空にはひとつポワポワの雲」
俺の説明を復唱したあと笑顔で俺を見た。
「悪い。俺、あまり語彙力無いね」
改めて自分の説明を聞くと少し恥ずかしかった。
「そんなことないよ。私の目には月人さんの言う富士山が見えているよ」
「じゃ、朝食を食べたら木曽路へ向かおうか」
「うん」
真心の言葉はうれしかった。
・・・・・・
・・
俺は確かに急いでいた。
だが盲目の真心にはゆっくりとした時間を過ごしてほしかった。
そして俺自身が真心と同じ時間の中で行動することが心地よかった。
彼女と河口湖を出たのは9:30を過ぎた頃だ。
車は再び高速道路に乗る。
青空の元、見通しの良い高速道路は気持ちが良い。
風も少し秋の気配を感じる。
「真心、今、左側に南アルプスという大きな山脈があるよ」
そういうと目には見えずともそちらの方に顔を向ける。
「本当に良い天気だ」
「うん。私の目にも青とか緑の色が時々飛び込んでくる。最近はどれがどの色なのかわかるようになってきたの」
「なんで?」
「だって『すごくいい天気』って月人さんが言う時は青い色が必ず目に入ってくるから」
「そっか。じゃ、緑は?」
「緑はね....たぶん森の色かな」
そう言いながら真心ははにかんだ笑みをこぼした。
『八ヶ岳』を過ぎ、『諏訪湖』のそばを通り過ぎる。
ここの休憩所で少し休むことにした。
俺は真心を女性トイレの元まで連れていき、なるべくトイレの出入り口近くで待った。
時たま、小うるさいおばさんが『ここは女性トイレ!』などと念を押すように言ってくるが、そんなことは関係ない。
俺はいつの間にか ただの言い訳だった『介助人』の仕事をしっかりやっている。
すると誰かが俺の襟首を乱暴に引っ張る。
「おい、東京じゃないぞ! ここは」
「なんだよ! ひっぱるなよ! 中尾さん!」
「おまえ、どこに行くつもりだ?」
「天気もいいから引き続き当てのないドライブですよ」
「おい、あの娘の名前、もう一度言ってみろ」
「前もいったでしょ。『城戸さん』ですよ」
「違う。下の名前だ」
「えっと....『もみじ』 そう『もみじ』です。 『城戸もみじ』だよ」
「『もみじ』だぁ? ずいぶん風情がある名前じゃないか。お前な....」
「お待たせ。 ..誰かと話していた?」
「いや、ちょっと道を尋ねられたけど、わからないってね」
「 ........」
中尾は真心の顔をしばらく黙って見ると去っていった。
一瞬、あきらかにいつもと少し違う目つきだった。
まさか、ばれたか?!
いや、そんなことない。
12年前の適合者・斎木博士の娘が生きていて、まさか俺と一緒にいるなんて、そんな事を思うはずもない。
「月人さん、大丈夫?」
「ああ.... そうだ! ソフトクリームでも買って、先に進もう」
「うん!」
・・・・・・
・・
塩原ICから俺たちは奈良井宿へ続く国道19号線に降りた。
街を抜けいくつもの葡萄プラントを抜けていく。
そして道は国際重要文化財に指定された時が止まる街、奈良井宿に続いていく。
最初のコメントを投稿しよう!