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LINK21 老夫婦と孫
国際重要文化財に指定される古き日本の宿場街の様相を残す木曽の奈良井宿。
木曽11宿の代表的な街だ。
『ジャパニーズシュクバマチ』と世界的なブームとなり観光地として盛況を極めたが、心無い観光客に木曽11宿のひとつの街がひどい被害を受けた。
歴史ある家の柱に自分の名を刻んだり、火気厳禁としているにもかかわらず、空き地でバーベキューを始めようとする観光客とのトラブルも相次いだ。その挙句の果てに、3棟が火災により焼失してしまった。
2033年に国際的文化財保全対象と認定されると県は条例を施行し、海外・国内問わず観光客の予約制による人数制限と自家用車での乗り入れ禁止が実行された。贄川宿手前の中山道脇に作られたKISO共同駐車場に車を停め、そこからバスに乗り換えによっての『入宿』のみ許された。
これにより建造物の保全と現地の人々の生活は格段と良いものとなった。
俺たちは『大鳳寺』からの招待客という形で特別に入宿を許されていた。
五曉寺の澄徳さんが手をまわしてくれたのだ。
まずは入宿する全ての人はKISO共同駐車場に隣接された『贄川関所』という管理センターで手続きをする。
海外観光客のウケを狙い『関所』と名称を打ったのだろうが、何かあまりにも実務と近すぎてシャレになっていない。
施設に入ると11個のブースがあり、ブースごとに受付が2つずつ設置されていた。
「ふざけんじゃねー! こっちは客乗せて観光巡りしてんだぞ!!」
「ですから、文化財の保存のためでして....」
「じゃあ、街に住む奴らは車使ってねーのかよ?」
「いえ、街の方々は例外でして、生活もありますし」
「俺だって生活があるんだ! ぜってー車で行くからな!」
どうやら観光客相手にガイドしている代行業者が車での入宿を巡りトラブルを起こしいる。
俺たちが並んだ受付でも前にいる老夫婦が揉めているようだ。
「そんな。私たちは予約をしていたはずです。この人の病状だって伝えてあったじゃないですか」
「いや、お客様には申し訳ないのですが、宿内で何か容態の変化が出た時には責任を負うことが出来ません。大きな病院もございませんので、残念ですが入宿を許可はできません」
「でも、私たち、楽しみにしていたんですよ。お願いします」
「あまりしつこいと警察を呼びますよ。それにあなたのパートナーは意識がないじゃないですか。厄介者なんですよ。そういうお客様は..」
俺の裾がツンとひっぱられる。
「どうしたの?」
「うん。じいさんは車イスで、ちょっと意識がはっきりしてないみたいだな。ばあさんがひとりで連れてるみたいだけど、厄介者だからって入宿を断られているらしい」
「まぁ、いつの時代も関所ってのは面倒なもんだ....」
真心を見ると、顔を真っ赤にして怒っていた。
手までわなわなしているのがわかった。
「一度許可は出たって言ってたよね? それなのにそんな酷いこと言ってるわけ?」
「いや..でも、仕方がないんじゃないの?」
「仕方がない? 月人さん、『仕方がない』って言った? じゃ、私の運命も仕方がないのかな? ....なんか、私の中から『燐炎』が出てきそうな気配がする」
それが嘘か本当かはわからないが、仮に『燐炎』が何かをやりはじめたら大事になってしまう。
半ば脅迫された感はあったが、これこそ仕方がない。
たぶん、『厄介者』として追い払おうとした職員の言葉に腹がたったのだろう。
ふぅ....
「ああ、じいちゃん、ばぁちゃん、だめだよ。ここに着いたら俺たちと合流する約束だったじゃない」
ばあさんは何のことやらと口が半開きになっている。
「あなたはこのご夫婦のお知り合いの方?」
職員が聞いてきた。
「ああ、そうだよ。俺たちのじいちゃんとばあちゃんだ。俺たちは『大鳳寺』からの招待客だよ。リスト見てみなよ。赤根月人だ」
「確かに、ありますね。でも許可された人数と違うようですが?」
「それは、あれだよ。ほら、受けた人の手違いじゃないの?」
..さすがに穴だらけの嘘だったな....
「えー、君、赤根君が言っているのは本当だ。私は警視庁特別第二捜査部部長の中尾だ。彼らにはいろいろ協力してもらっているんだ。今回の『大鳳寺』への訪問もその一環だ。職員君、君と責任者の役職と名前を聞いておかなければならないような事を私は避けたいのだよ.. 内閣対策本部への報告書を毎日提出しなければならない身としてはね」
「わ、わかりました。じゃ、じゃあ、ちょっと責任者に確認してきます」
意外にも監視の中尾が手助けしてくれた。
「中尾さん、なぜ?」
「馬鹿野郎。こんな事でお前の感情が高ぶったら大変なことが起きるかもしれないだろうが。俺の役目はお前の監視と『こういう事』も含まれてんだ。何故も何も俺の仕事だ」
そうだった。
昔から俺への揉め事にいろいろ口を出しては、解決していた。
大きなお節介と思うことも多々あったがトラブル回避も彼の職務だったのだ。
「それにしても、中尾さんって部長さんだったんですね」
「アホッ! 第二捜査部ってのは俺しかいねーんだよ!」
俺たちと老夫婦の許可が下りた。
・・・・・・
・・
「どこのどなたか存じませんが....ありがとうございます」
「いえ、俺のパートナーが黙っていられないってね」
そういうと椅子に座った真心が頭を下げた。
白杖を見て、おばあさんはすぐに真心が目の障害を持っているのに気が付いたようだ。
真心の方へ近づき、手を握ってお礼を言っていた。
老夫婦の名前は山岡博・聖子夫妻という。
博さんは自分で歩くことは可能だが、自分で考えて歩くことが出来ない。
年老いた聖子さんは彼を車イスに乗せて移動をしているという。
身なりを見る上ではかなり裕福そうな夫婦だ。
他にお付きの人がいても良い上級な気配がした。
「山岡さん、私たち、自家用車での入宿を許されているんです。だから遠慮なく」
真心が山岡夫妻に積極的声をかける。
俺は車いすをラゲッジに積み込み、後部座席に山岡夫婦を乗せると奈良井宿へむかった。
特に博さんの身の上話など聞く気はなかった。
それを聞いたところでどうにかなるわけでもないし、逆に真心が今回のようにお節介になるのも面倒だと思った。
だが、聖子さんのほうから自己紹介とともに話をし始めてしまった。
山岡夫婦は横浜に住む大きな会社経営を営む夫婦だった。
『やはりな』と思うところだ。
博さんがこのような状態になったのは5年前だという。
天気が良い春の日に2人で散歩に出かけているなか、暴走車が突進してきたという。
博さんは聖子さんをかばったが突き飛ばされ、目の前にあった電柱に頭部を強打した。
聖子さんの献身的な介護とリハビリにより歩くまでに回復したが、脳は運動機能のみ回復し記憶障害の回復まで至っていないという。
医者からは『記憶が蘇るのは明日かもしれないし1時間後かもしれない。もしくはこのまま蘇らないかもしれない』と言われた。
聖子さんは思い出の強い場所ならば記憶が蘇るかもしれないという「願い」のもと、旅を続けているというのだ。
「へぇ~、そうなんですか」
そんなそっけない返事をすると真心に腕をつねくられた。
最近、だんだん真心に怒られることが多くなったように感じる。
・・・・・・
・・
『木曽の大橋』は奈良井宿から奈良井川に架かる総檜造りの美しい太鼓橋だ。
この橋のたもとにある駐車場に車を止め、俺たちは宿場街に足を踏み入れた。
そこはまるでタイムスリップでもしたかのような不思議な空間だった。
なるほど、斎木博士が好みそうな場所だ。
街全体から木と土間の香りがしてきそうな雰囲気。
細かい格子で覆われた窓。
小さな門口。
特徴的なのがその庇の造りだった。
街に並ぶ家々の庇を抑える木の部品が丸みを帯びた工芸的な形をしていた。
ここの街全体の建造物が文化財として保全されながら、街の人たちの生活はそこにされている。
だが、俺と真心は観光目的ではない。
山岡夫婦とはそこで行動を別にした。
「あなたたちの未来に神のご加護がありますように」
聖子さんは別れ際に俺たちにそう声をかけた。
さすがは企業の経営をしていただけに俺たちに何かあると見抜いていたのだろうか。
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