LINK24 笑顔

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真心と博さんは塩尻中央病院に搬送された。 救急車内で真心も博さんも一旦は意識を取り戻したという。 幸い車に弾き飛ばされる直前に真心が博さんを押し倒し、その時にお互い頭を強く打ち付けた程度だった。 ただ博さんは、以前の事故による障害もあったため、ひと晩病院で過ごすこととなった。 病院では真心にCTスキャンがかけられたが、この生態AIには何の問題もない。 CTなどの影響が大きい強い磁力が発生すれば自ら機能停止し 自己防衛をするのだ。 素材にしてもアメーバ式の生体素材は宿主の細胞と融合した形となる。 つまり既に脳や神経の一部分と化している・・・いや擬態をしているのだ。 問題なのは真心の素性だ。 彼女は書類上、存在しない人間。 健康保険証どころか国籍すらないのだ。 そんな人間と俺が同行しているとなれば、国土衛星省と厚生環境省の連中に怪しまれ、連行されてしまうかもしれない。 「大丈夫だ。俺の娘ってことにして何とかやり過ごすから」 パトカーの中では中尾さんは誰でも思い浮かぶような嘘で押し通すと言っていたが、そんなので大丈夫なのだろうか? 俺が顔を覗き込むと「シンプル・イズ・ベストだ」と気休め程度にいうようなセリフを吐いたが心配しか残らない。 それとも自分の内閣付特別捜査部長の肩書で押し通そうというのか? 「保険は使えないから、おまえ、金はよろしくな」 部長さんとはいえ安月給なのか・・・ まぁ、金の支払いだけで済むのならば、これほどありがたい話はない。 検査を終えた真心は『ごめんなさい』『ありがとう』という言葉を出会った頃のようなか細い声で発した後、ほとんどしゃべることがなかった。 そんな弱弱しい彼女の肩にポンと手を乗せ 「何も問題ない」 と言うと、いくらか表情がやわらいだ。 病院から奈良井宿(ないらいじゅく)に戻ってきた頃には、時間はすでに夜の10時を過ぎていた。 「仕方がない。大鳳寺に戻ろう」 寺に着くと晴広(せいだい)和尚は快く俺たちを招き入れてくれた。 夕方の騒ぎを聞いていた晴広(せいだい)和尚は真心の容態を心配していたらしい。 食事、風呂、着替えなどの用意を若い僧侶を使わず、自ら行ってくれた。事あるごとに『何かお手伝いいたしましょうか?』と真心に声をかけるが、お風呂場にまで入ってきそうな心配ぶりは、ちょっと目が離せない危ないおじさんと化していた。 俺が風呂から出ると真心が白杖と共に姿を消していた。 いつもは放っておくのだが、今日は少し心配だ....そっと探しに行くと、彼女は境内にあるマリア仏像の前にたたずんでいた。 「お母さん..私、どうなるの? もう何だかわからない....」 そう言うと膝をついて崩れた。 何も明確な答えを持たない俺は何て言葉をかけたらいいのだろう。 彼女が立ち上がるのを見て、 「戻ろうか」 と声をかけ少し伸びた裾をつかませてあげることしかできなかった。 3歩ほど進むと小さな声が聞こえた。 「 ....ありがとう」 ・・・・・・・・ ・・ 翌朝、俺は本堂からかすかに聞こえるお経に目が覚めた。 これは寺でいう「朝のお勤め」というものらしい。 真心の姿は白杖と共に見当たらない。 自分の布団を片付けていると若い僧侶が真心の行方を知らせてくれた。 「真心様はお勤めに参加しております。月人様が心配なされるのでお伝えするようにと言われました」 「ありがとうございます。あの、俺も行ってみていいですか?」 「はい、ぜひに」 本堂に近づくと読経(どきょう)の存在感に圧倒される。 中に入ると一番後ろに真心が正座をしていた。 隣に座り、軽く会釈をする。 ・・・・・・・ ・・ 「久しぶりって感じだよ」 外の空気を胸に入れると真心が言った。 「そういえば、寺育ちだもんな。五暁寺(ごぎょうでら)でも参加することはあったの?」 「うん。時々ね。お経はよくわからないけど....でもね、あの迫力に、こう、何て言うか、やる気がでてくるんだ」 小さな力こぶを見せる真心の笑顔に安心すると思わずとんでもないことを言ってしまい、あとで後悔することとなった。 『俺は、真心の可愛い笑顔が好きだよ』 なんであんなこと言ったのか。 あの時、真心は笑顔だったけど、内心『こいつ何言ってるの?』とか思っていないだろうか? いつもはこんな事深く考えないのになぜ今になってこんな事考えるのか、わけわからなくなってしまった。 朝食を食べると俺たちは晴広(せいだい)和尚見送られながら街にでた。 朝の山の空気は何とも清々しく、心も晴れやかに感じる。 今回は宿泊こそしなかったが酒蔵「檜林(ひばやし)」に寄ってみることにした。 店の軒先にはそれは大きな杉玉が飾られていた。 これに比べれば俺が新宿で見た杉玉なんて子供が遊ぶ(まり)のようなものだ。 店の中からは木の香りとに混じってほのかな甘みを感じた。 「月人さんはお酒飲むの?」 「はは.. 飲み屋におしぼり配る仕事していたけど、酒は飲んだことないんだ」 「私、飲んだことあるよ」 「酒は二十歳を過ぎてからだぞ」 そう冗談を言うと。 「私は存在しない人間だから関係ないよ」 と笑っていたが、なんとも切り返しが難しい.... 店の中を見学すると嘗ての酒蔵の一部を改修し、天に()わせる(はり)のもとにテーブルを並べ、何とも味わい深い食堂になっていた。 真心がその空気の流れに『良い空間だね』と言っていた。 店を出るときに店のおばちゃんに試飲を勧められたが、俺は運転があるから断らざるを得なかった。 「じゃ、私が♪」 と真心が飲もうとすると、『ダメ、ダメ! お嬢ちゃんはもう少し大人になってから!』とおばちゃんに注意されると、ほっぺをぷうっと膨らませていた。 でも、そんな真心の明るい様子を見られてうれしかった。 「今度、私がお酒を飲めるようになったら一緒にまた来ようね」 「ああ、そうだな」 自然にでた言葉に深い意味などないのだろう。 でも、俺は大切な『約束』と受け取った。 ・・・・・・ ・・ 木曽の大橋の上で真心が両手を天に伸びをする。 「川の音が心地いいね....この少し急な弧を描く橋はわたし達の橋みたいだね。あっちに行くのに平らな橋なら何てことない距離だけど、この橋はちょっぴり大変だもん」 「でも、真心、この橋はすごく綺麗な橋だよ」 その言葉に振り返った飛び切りの笑顔が眩しかったのは朝日のせいだろうか。
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