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LINK05 その目は分析をする
彼女をソファーに座らせるとストレートに質問をした。
正直、俺は目の前にいる少女の事を知るのが怖かった。
「真心、君はなぜ俺の見たものがわかるんだ?」
「わからない。私が願っているのか、あなたが願っているのか」
何とも漠然とした答えだ。
「あのさ....その....俺の見たものを全てが見えてるの?」
これは実にデリケートな問題だ。
見える理由はさて置いたとしても彼女が見えるという事実は....つまり、俺のアレや数日前に鑑賞した少しフェチなDVDも見てしまったということなのだろうか?
これはあってはいけないことだ!
青年期のプライベートを余すことなく見られるというのは由々しき事態なのだ。
「あの....時々しか見えないんです。私が知っている限りは、私が望む風景、花や緑、空や太陽、水のきらめきとかそういうのが時々見えるんです。あと、月人さん、あなたの感情も影響しているみたい。例えばこの間は子供の笑顔が見えました」
それもまた違った意味で恥ずかしかった。
「見えるのはわかった。じゃあ、どうして話しかけることができるんだ?」
「たぶん、それは私じゃない。」
「『私じゃない』? どういうこと?」
「それは月人さんが私の声を聞きに来たんだと思う」
「俺が? そんな馬鹿な!」
「たぶん、あなたが人の心を知りたがっているんだと思う」
「ははは。俺が? 無いな。人の心何てだいたい大差何て無いじゃんか。どいつもこいつも損得勘定で動くような奴らばかりだろ。どんなに仲良さそうな奴だって、どんなに愛を誓っていようがな」
「向きにならなくていい」
感情の波がない平坦な声が聞こえた。
真心の瞼が開き俺を見ていた。
その瞳は心を焼き尽すような『青白い炎の色』をしていた。
「む、向きになんかなって無え!」
大きな声をあげると、次の瞬間には「ごめんなさい」と真心が涙を流していた。
「また....でも止めようがないの」
真心が泣く姿に居たたまれなくなってしまった。
俺が大きな声を出してしまったのは、イラつきではなかった。
出てきた『彼女』への怯えからだった。
ほぼ察しがついた。
やはり彼女は『本物』のほうだ。
12年前に『死んだ』と言われていたのに、生きていた....
だが、そうなるとここに彼女がここに居るのはよくない。
俺にはテロ対の中尾や省庁の特捜が引っ付いている。
『抑えることが出来ない....ごめんなさい、ごめんなさい———』
瞼を閉じた彼女は俺へというよりも独り言のようにつぶやいている。
「真心....真心っ!」
強く呼びかけるとようやく彼女は濡れた頬を俺に向けた。
「大丈夫だよ」
そっとティッシュで涙をぬぐってあげた。
最後にひとつだけ彼女に聞いておきたいことがあった。
「君はどうしてここに来たの?」
落ち着きを取り戻した彼女は弱弱しい声で言った。
「私はまだいろいろ見たい。でもこの目は見ることはできない。この目を開けば『彼女』も目覚める。そして分析を始めるの。違う。私が見たいのはそんな数値じゃない。私はただ そこにある風景 を見たいだけなのに」
『彼女』か....さっき奴だ。
いや、俺は『彼女』を以前にも見た。
緑道の縁石に立つ真心と目が合った時。
街で俺を見つめる瞳。
あれも『彼女』だ。
「月人さん、あなたの事も分析しようとしている」
彼女は続けて言う。
「『彼女』の目は私の目だけじゃない。たくさんの目でどこからでも見ることが出来る。そして分析をする。その生物がどうすれば死ぬのかを。私は耐えられない。私はそんなの拒否する」
少々興奮気味の言葉だ。
「まぁ、お互い少し落ち着こう。コーヒーでも入れるよ」
俺はキッチンに向かいながら考えた。
たぶん『彼女』とは生態AIなのだろう。
真心の『拒否』とは俺が『思わない』ようにしているのと同じだ。
俺の中の『奴』が時々悪さをするように、真心の中の『彼女』は目を開くと出てくるのだろう。
だとすると『彼女』はいったい何をしようとしているのだろうか?
生物の弱点を分析しているのか....?
ポットのお湯が沸きたつと、真心にカフェオレを淹れてあげた。
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