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LINK08 許されない生き方
五暁寺は安土桃山時代からの由緒正しき寺だ。
敵の追尾を受けていた名のある武者が馬小屋に身を隠していた。その晩、『五つ日が昇ったら北西にお逃げなさい。それまでこの馬小屋に身を隠しなさい』と馬の口からお告げがあった。武者はその言葉に従うと追手から逃れることが出来た。
武者は出家し、やがて馬小屋があった地に寺を建立した。それがこの『五暁寺』ということだ。
俺は真心を助手席に乗せ車を走らせた。
当然、中尾が追いかけてきたが、変に撒こうとせずに、普通のドライブのごとく出かけた。
「真心、お前の父親は斎木博士だろう? お前の苗字が『城戸』なのはなぜだ?」
「『城戸』は母の苗字。お父さんは私を寺に預けるとすぐに出て行ってしまった」
追手から見つからないように母型の苗字を名乗ったのか。
賢明な判断だ。
しかし4歳から両親なしで生きてきたのか・・・
真心の母親は難産の末、亡くなったという。
「親がいないのはさびしかったろ?」
「うん。でも、それより私は外に出てみたかった。目は見えないけど外の世界に触れてみたかったの」
お互い『生態AI』に振り回されてきた俺たちは踏み込んだ話を自然とすることが出来た。
だが驚いたのは真心の次の言葉だった。
「外の世界?」
「私はお寺から外に出たことがなかったから」
「『出たことなかった』てのは『お寺暮らしだった』という例えだろ?」
「ううん。言葉のまま。私は寺の敷地外にでることは許されなかった。だって、私は存在しないモノだから。本当は『城戸』の姓も『斎木』の姓も私にはない。私は、ただの『真心』。でもそれって....しいでしょ。だから私は、自分で『城戸』を名乗っていたい」
なんてことだ。
今まで真心は俺と似た境遇と思っていた。
この「くそAI」の為、父を亡くし12年の間監視されていた。
まさに、『くそったれな人生』だと思っていた。
でもこの娘に強いられた生き方に比べたら、まだマシだったのかもしれない。
俺は監視や検査というおまけつきだが、外に出ることに制約はなかった。
口座にはサラリーマンが生涯をかけて作り出す以上のお金が常に入っている。返済の必要のないクレジットカード付きだ。
勉強も仕事もしなくても贅沢な生活が約束されているのだ。
俺が『この世界』に対して不平不満を持たないように。
でも、俺はいつ頃からか『虚しさ』を感じていた。
たぶん、人は自分が成し遂げた事への達成感をモチベにして人生を謳歌するのだろう。
俺にはそれが許されないのではないかという虚しさだ。
それでも、俺には社会における『存在』だけは許されていた。
おしぼり業者の仕事をすれば、取引先のママの優しさに触れることもあった。
真心にはそれすらなかった。
「でもね、お寺の人たちは、とても親切だったよ.... 『彼女』が現れるまでは。」
「『彼女』.... あれは突然でてきたのか?」
真心は首を横に大きく振る。
「....『彼女』は昔からいた。小さいころは私の独り言に相槌を打つ存在だった。『うん。』とか『そうね。』程度の言葉だった。それが、そのうち私を励ます言葉となり、私が寂しさに眠れない時には鼻歌を歌ってくれる存在になった。私の中の『彼女』はやさしくて穏やかだった。でも、私の中に花や木、空、川などの映像が見え始めた頃から『彼女』が変わってきた。『私がもっと見たい』と心に願うと、『それ以上欲しいと思ってはダメだ』と強く否定するようになった。それどころか、私の瞼をこじ開けようとし始めた。
やがて目を開けた私を寺の人は『りんか』と呼び始めた。それは畏怖を込めた名前」
「『りんか』?」
「うん。まるで『燐の炎』のような青白い目だって....」
そこまで話すと車は五暁寺に着いた。
俺たちが寺の桜門をくぐると、後ろにいる真心を見つけた若い僧侶が「帰ってきた!」と慌てて庫裡へと走っていった。
左側の裾をつまむ真心の指先に力が入る。
玄関の扉が勢いよく開くと住職が出てきた。
「馬鹿者! なぜ外に出た! しかも変な奴を連れて来おって!」
「ちょっと待ってくれ。娘が20日も行方知れずだったんだ。もう少し言い方があるだろ?」
そう言う俺を一瞥すると「こっちに来い!」と住職は真心の腕を強く引っ張る。
「痛いっ」
これが真心の言う『やさしい人たち』か?
「おい、ハゲ坊主。待てよ!」
「なんだ? お前。 金か? いやしい奴だ。」
そういうと財布から5万円札を取り出し、俺の前に突き出した。
「....そう、これ、これ。これを貰わないとな」
俺は金を受け取ると、お札の端をライターで火をつけ、住職の顔の前に近づけた。
「この火は『青白く』ないねぇ....」
その瞬間、住職の顔がこわばったのがわかった。
「お前! ....まさか!?」
「おい、真心。このお方はどうやら俺たちの知らない事情を知ってそうだぜ」
楼門の外に『中尾』の気配を感じた。
「ご住職、ここで話すのもなんだろ? まず建物の中に入れてくれないかな?」
俺がそう言いながら目くばせをすると、住職も『中尾』の存在に気が付いたようだ。
「わ、わかった。では、あちらで話そう。」
俺たちは若い僧侶の案内で本堂へと連れていかれた。
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